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羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

前後左右上下

ある男性が、外国人のともだちに、きみの国の言葉では「前後、左右、上下」はどういうんだい、と聞いたときのお話。 ともだちは「マエウシロヒダリミギウエシタッ」とでもいうように、それらの言葉をひと並べに早口で教えてくれたのだとか。 いちおう身振り…

ゆるすこと

母とホームで会ってくると、しばらく落ち込んでしまう。 クリスマスから新年。 内側で沈んでいた。 前回書いたように、無力ということもある。 4年間の介護のなかでは、認知症状への対応がやっと。 ほんとうの原因を突き止めることができなかった。 悔しい思…

クリスマスに母を見舞って

母が入居した特別養護老人ホームは多摩の西部にある。 最寄りのJRの駅からはバス。 道沿いに、同種の施設がいくつも並ぶ。 広い敷地を確保できる地域だったのだろうか。 停留所から少し戻って信号を渡り、施設への道を曲がるとすぐに橋がかかっている。 欄干…

knitting fantasy

編み物の醍醐味は、自分の手元で次元が変わることにある。 毛糸は一次元。 正しくは、毛糸も立体だし、この世界にあるものだから三次元なのだけれど、ここは比喩として一次元。 それを自分の手で針に掛けて、からめたり引き抜いたりする作業を繰り返すことで…

冬至に

冬至のけさ。 朝日を見ようと、きわめて珍しく早起きしてみた。 部屋着にセーターとコートを着て、誰にも会わないことを願って素顔に帽子をかぶって。 しかし、早起きしたことがないから知らなかった。 アパートを出たところはガレージが左右にあって、空が…

いまがいちばん

同級生が集まると「加齢なる嘆き」が始まるようになった。 中学高校続いた女子校なので、何百回集まっても女性ばかり。 さっぱりしたものなのだけれど、それだけに、なのか、嘆きはかなりマジである。 知力体力の衰え、体型変化、肌の悩み、モチベーションの…

母のケース

母が認知症状を呈してから、1年半は通って援助をし、その後の2年弱は同居して介護した。 病状の変化による入院という形で離れてから1年2か月。 この春からは老健施設に世話になっている。 経過をすべて書ききることはここではできないが、発症から4年半過ぎ…

毛糸の国のアリス

編み物の季節がやってきた。毛糸の手触りに心が安らぐ。母に初めてかぎ針編みを教わったのは、小学校5年生のときだった。「不思議の国のアリス」のアリスを編みぐるみで作った。最初からずいぶん難しい作品に挑んだものだ。肌色の毛糸で顔とボディを編み、青…

ほんとうの…

歌詞でも詩でもコピーでも雑誌の特集タイトルでも、散文だったとしても、そこに「ほんとうの」という言葉が見えると、わたしは白けてしまう。「ほんとうの」それ以外は「うその」なの、と反抗的な態度を取りたくなるのだ。「ほんとうの優しさ」「ほんとうの…

添削の秘密

友人に挨拶の文章を見て欲しいという依頼を受けた。光栄なことと引き受ける。仕事として添削をするときにもそうなのだけれど、こう書いてみたらよりわかりやすいのではないだろうかというアイデアの出処が自分でも不思議だ。ただ、それがよいと思う、と言葉…

微笑みの色

大学生のときに参加していたミニコミ誌に書いたエッセイの一つに、口紅の話があった。 デパートの化粧品売り場へ、新色の口紅を見にいった。 ウインドウに近づくと、自分の顔が映った。 唇を微笑みの形にして、そこを離れた。 昔のわたしは慎みふかかったも…

007ダニエル・クレイグはなぜ憎めないのか

もともと好きだから、憎む必要はないのだけれど、現ジェームズ・ボンド役ダニエル・クレイグはいつ見ても憎めない顔だと思う。 理由はうすうすわかっていた。 意識下ではわかっていたけれど、自我が認めたがらなかった。 しかし、先日新作「スペクター」を鑑…

職人さんはゆっくり歩く 2 大工さんのまなざし

「息子のまなざし」というフランス・スイス映画の主人公は大工さんで、目で見ただけでそこの長さをぴったり計るという技能を持っている。 目分量というのは調味料の場合だと「適当」のいいかえだったりするが、こんな大工さんなら目分量がジャストなのだから…

職人さんはゆっくり歩く 1

お昼前後に街に出ていると、職人さんが二三人連れ立って、お昼御飯を食べにいくかお店から出てきたかしたところに遭遇する。 「ワークマン」スタイルの彼らは、のんびりした表情で、きまってゆっくり、ゆったりと歩いている。 その様子を見ると、わたしはわ…

日本のどこかに

シルバーウィークは明日まで。 老人保健施設で暮らしている母の状態は落ち着いているので、泊まりがけでどこかへいっても構わないのだが、なんとなく、自宅を離れられずにいる。 鎖国女といわれながらも、パスポートは一昨年取得済みだから、海外だっていけ…

Daisy

毎日着けている指輪がある。 デイジーを象った銀製で花芯はゴールド、茎を指に巻きつけたようになっている。 花がかわいらしかったのもさることながら、茎が自然に波うっているところが気に入った。 デイジーは花占いの花。 愛してる、愛してない、愛してる.…

小ゑんちゃん

昨夜思いがけず、昭和56年の立川談志師匠のラジオ放送の音源を聴いた。 素顔の師匠によく会っていた頃の声だったから、聴くなり涙がぶわっと出た。 高座は芸の域だが、ラジオはプライベートの会話と変わらない。 いつも心のなかでイメージしている師匠の声と…

座高問題 part 2

今週の初め、映画を観にいったときのことだ。 プレミアム会員というのをもう何年も続けている立川の映画館。 インターネットで予約した座席についたら、前のおにいさんの座高が高く、かつ毛量が多く、スクリーンの中央下方にスタンダードプードルの頭部のよ…

前世

夢夢した乙女話と思って読んで欲しいのだけど。 前世なんてものを考えていたことがある。 修道士や修道院になぜだかとても惹かれていたからだ。 最初は、息子がおなかにいたとき。 カトリック系の病院の産科に検診に通っていた。 すでに秋も深かったと思う。…

ゼリーのつくりかた

抽象的なことをよく考えている。 言葉を遣う上で、もっとも面白いのが、抽象的なことをどこまで伝えられるかというチャレンジだ。 自分のなかで、その抽象的なことが、確かに形になっていることが大前提だ。 たとえていうと、ゼリーを作っているときのような…

日比谷三昧

この一月で、日比谷に6回通った。 まずは娘と東京宝塚劇場へ。 その二日後、日比谷シャンテにあるドレス店に娘の成人式のドレスをわたし一人で買いにいく(娘本人は観劇した日に試着済み)。 12日後、友人とシャンテ近くの喫茶店で会う。 その週末、思いがけ…

コワモテ

「こわもて」を漢字で書くと「強面」だとわたしが知ったのはもうだいぶ大人になってからだった。 それまでは「怖くてモテる」の略だと思っていたのだ、うっすらと。 うっすらと、というのは、そんな意味の言葉だろうという見当で深く考えなかったということ…

デュオニソスに愛されて

体力不足を嘆いてからしばらく休んで恐縮。 強制終了の夜あり、添削指導の夜あり、ミュージカル観劇の夜あり。 ミュージカルはブローウェイの「ピピン」。 招待券を思いがけずいただいて娘と観にいったのだった。 その6日前には宝塚の公演も、いけなくなった…

体力測定

一度体感してみたいと思うのは、他人の体力である。 わたしは、自分ではさんざん、体力がない、体力がない、といいいふらしているけれど、実際のところはどの程度のなさなのか。 もしかしたら、ぜんぜん普通、といわれそうな、人並みのものを持っているのか…

ステージフライト

小学校3年生の時から万年学級委員で、教室の前に出て話すことも、体育館の壇上から話すことも、なんともなく育ってきたはずなのだけれど。大人になるにつれ、人前で話すことが苦手になってきた。文章を書く仕事に就いても、まれにそんな機会はある。たいてい…

鶉の卵

友人と会ってこどもたちの話をしていたとき、父方の祖父母、母方の祖父母、四人ともと触れあったことがあるなら、それは、肉親の縁によく恵まれたということではないか、と気づいた。わたしのこどもたちは四人とも知っている。大学生の現在も、祖母二人は存…

gigi

父が60代後半の頃の話。同じマンションに住む、喫茶店の不良マスターと親しくつきあっていた。マスターは、二軒の店を軌道に乗せ、三軒めを作りたいという。ついてはマシンで淹れるコーヒーの専門店はどうだろう、小さいカウンターだけの店で、おとうさん(…

母娘熱唱

娘が高校に入ってから、家のすぐ隣にあるカラオケ店に二人でいくようになった。 定期試験明けや、長い休みの暇すぎるときなど。 なんといっても隣だから、雨が降ってもほとんど傘が要らない。 平日の日中だと、カフェにいくより安いくらいだった。 そこにWii…

fragile but unbreakable

「恋のためらい/フランキーとジョニー」(1991年・アメリカ)の、あるシーンを思い出している。 ニューヨークのダイナーのウエイトレス、フランキーは、刑務所から出てきたばかりのコックのジョニーに、熱く愛されてとまどう。 以前に同棲していた男性に暴…

かわいくなるまで待って

前世紀の話になるが、こういうタイトルの恋愛エッセイを出版したことがある。 『かわいくなるまで待って』(大和書房) パロディ好きのわたしのこと、このタイトルもオードリー・ヘップバーン主演の映画の『暗くなるまで待って』のもじり。 いま思い出したの…

一皿の縁起

先週、かつてのクラスメイトと新宿のガレットの店で食事をした。 ガレットというのは、フランスのブルターニュ地方で作られる蕎麦粉のクレープ。 ホットケーキ、パンケーキ、ワッフルのようなものが好きなわたしの、比較的新しいレパートリーだ。 なぜきょう…

父の戦 3

少し前に娘と観た日本映画。 「第二次大戦後、特務機関の将校たちが中国から大金を持ち帰って近海に沈めた」という設定だった。 「おじいちゃんも持ち帰ってきてくれてればねえ」と二人で笑った。 父が実際に中国から持って帰ってきたのは、二枚の軍用毛布だ…

父の戦 2

戦争は終わったが、父はすぐには帰国できなかった。 ひどいインフレーションが起こり、二つのトランクに足でお札を詰め込んで、上海に向かった。 そこで時機を待つことになる。 上海の租界のホテルに滞在していたらしい。 日本人も少なくなかった。 演奏家の…

父の戦 1

8月15日。 きょうから何回か、父から聞いた戦争の話、父が体験した戦争の話を書こうと思う。 80歳になるころ、父は体験を自ら綴りはじめて、自主出版で小さな本を作った。 いまそれは手元にないので、これからの文章はわたしの記憶だけによることになるが。 …

カップホルダー問題

きょうの映画鑑賞では、前の人の座高問題はほぼクリアできていた。 左前の人がちょっとかすり気味だったけれど、角刈りに近い髪型だったので、わたしが姿勢を崩さなければスクリーンが欠けることはなかった。 その代わりに起こったのは、上映前のカップホル…

合掌

父に対して、とても複雑な思いを抱いてきた。 小さいころは、お父さん子も極まっていて、アパートに帰ってくる足音を聞き分けていたらしい。 帰ってきた父が、やれやれと胡座をかくと、即、その肩によじのぼり、ずっと肩車。 そのうち足の先が父の膝につくよ…

座高問題

映画鑑賞や観劇の際、前の座席の人の座高に悩まされることがよくある。 誰にでもよくあることだろうか。 わたしは座高が低いから、というと自慢に聞こえるかしら。 ようするに小柄に近いので、前に背の高い男の子が座ったりするとたちどころに困る。 映画館…

生活感皆無

わたしが持っていないものの筆頭。 生活感。 本人はそんなふうには思っていないのだけれど、人はけして見つけてくれないもの。 毎日スーパーマーケットに買い物にいっているし、そのうち3日に1回は、ショッピングバッグから長ネギを突き出して帰ってくるし、…

コーヒーショップで

いつも立ち寄るコーヒーショップで、著しく痩せた若い女性が目の前を通りすぎた。コウモリの翅を見るような腕がいたいたしい。自分の過去の姿を思い出さずにいられない。彼女の段階までは痩せなかったが、7歳から12歳までに3回繰り返した。いまでも、尾骶骨…

手芸本

きょうもまた買ってしまった手芸の本。クロスステッチで刺繍した小布をはぎ合わせて作るピンクッションの本だ。編み物ならともかく、刺繍はほぼ未経験。できるかどうかわからないが、作品がかわいらしくてつい購入。これでもう来週にも材料を揃えて始めるん…

犬の名前

日本のあるロックンローラーが、公園でよく会う犬に勝手に名前をつけて呼びかけ「いつもかわいいな」といって飼い主に「何回いったらわかるんですか。この子はそんな名前じゃありません」と怒られたという話を息子から聞いた。母としていっしょに笑ったのだ…

にらみのあやちゃん

マンションの同じ階に住む3歳の女の子。仮に、あやちゃんと呼ぼう。きょうの午後、裏口からわたしが出たとき、あやちゃんはママの引く自転車の後ろに乗って現れた。ヘルメットをしっかり被って、こども用座席にきちんと座っている。ほんの一月会わないうちに…

They can't take that away from me.

フレッド・アステアの歌に、 君の帽子のかぶりかた 君のお茶のすすりかた その思い出のすべて 誰も僕から奪えない という詞がある。 映画では女性をかきくどく歌だけれど、思い込み人間としては、もっとせつない解釈もしてしままう。 愛する人を失いたくない…

夏休みはやっぱり短い♪

タイトルは大江千里のポンキッキーズ・メロディから。 夏休みになるとこどもたちと口ずさむ曲だ。 あしたから8月。 わたしの場合、夏休みがうれしかったのは7月中だけ。 8月に入るなり「もう終わっちゃう」と思っていた。 ずいぶんと悲観的なこどもだったも…

東京には空がない、ですけどそれがなにか?

生まれも育ちも東京下町。 自然は苦手だった。 20代のあるとき、よんどころない用事で、自然豊かな某県に丸三日滞在したことがある。 東京に帰ってくるなり銀座に直行し四丁目の交差点のまんなかで深呼吸。 これよ、これ、と叫んだものだ。 いい空気を三日も…

浴衣がけで

ことしも花火大会の季節。 街で浴衣姿の女性を見かけるのはいいものだけど、いいたくなってしまうのだ。 あのさ、もっと涼しく着ようよ。 浴衣は基本、藍と白。 帯はウールか博多の半幅で小さめにきりっと文庫結び。 髪はショートもかわいいし、アップにする…

ぷかぷか

「あなたになら言える秘密のこと」(2005年・スペイン)という映画のなかで、ヒロインが、自分にプロポーズをする男性に、こんなふうにいった(と記憶している)。 「わたしはいつか、泣き出して止まらなくなり、家じゅうが涙に沈んでしまうかも知れないのよ…

夏はパナマ

ここ数年、パナマ帽を街でよく見かける。 男性はもちろん、女性もロングヘアをまとめてお洒落にかぶっていたりする。 パナマ帽をかぶるコツは、鼻からかぶることだと思う。 帽子を片手で縦に持って鼻にかぶせるようにして構えて、手首のスナップで頭にのせる…

朝顔

こどもたちがそれぞれに小学校1年生だった年の一学期の終わり。 学校から朝顔の鉢を持って帰ってこなければならなかった。 こども一人ではとうてい運べない。 わたしが自転車に乗って小学校まで往復できるようになったのは、娘が2年生の秋からだから、朝顔の…

生涯カジュアル

自分の服の趣味を考えてみたとき、端を発しているのは十代。 中学高校が私服で、毎日、きょうはなにを着ていくかを考える必要があった。 中学の最初のうちはブレザーの上下などを着ていたが、すぐにカジュアルになり、ジーンズもよく履いた。 とにかく、なに…