羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

一皿の縁起

先週、かつてのクラスメイトと新宿のガレットの店で食事をした。 ガレットというのは、フランスのブルターニュ地方で作られる蕎麦粉のクレープ。 ホットケーキ、パンケーキ、ワッフルのようなものが好きなわたしの、比較的新しいレパートリーだ。 なぜきょう…

父の戦 3

少し前に娘と観た日本映画。 「第二次大戦後、特務機関の将校たちが中国から大金を持ち帰って近海に沈めた」という設定だった。 「おじいちゃんも持ち帰ってきてくれてればねえ」と二人で笑った。 父が実際に中国から持って帰ってきたのは、二枚の軍用毛布だ…

父の戦 2

戦争は終わったが、父はすぐには帰国できなかった。 ひどいインフレーションが起こり、二つのトランクに足でお札を詰め込んで、上海に向かった。 そこで時機を待つことになる。 上海の租界のホテルに滞在していたらしい。 日本人も少なくなかった。 演奏家の…

父の戦 1

8月15日。 きょうから何回か、父から聞いた戦争の話、父が体験した戦争の話を書こうと思う。 80歳になるころ、父は体験を自ら綴りはじめて、自主出版で小さな本を作った。 いまそれは手元にないので、これからの文章はわたしの記憶だけによることになるが。 …

カップホルダー問題

きょうの映画鑑賞では、前の人の座高問題はほぼクリアできていた。 左前の人がちょっとかすり気味だったけれど、角刈りに近い髪型だったので、わたしが姿勢を崩さなければスクリーンが欠けることはなかった。 その代わりに起こったのは、上映前のカップホル…

合掌

父に対して、とても複雑な思いを抱いてきた。 小さいころは、お父さん子も極まっていて、アパートに帰ってくる足音を聞き分けていたらしい。 帰ってきた父が、やれやれと胡座をかくと、即、その肩によじのぼり、ずっと肩車。 そのうち足の先が父の膝につくよ…

座高問題

映画鑑賞や観劇の際、前の座席の人の座高に悩まされることがよくある。 誰にでもよくあることだろうか。 わたしは座高が低いから、というと自慢に聞こえるかしら。 ようするに小柄に近いので、前に背の高い男の子が座ったりするとたちどころに困る。 映画館…

生活感皆無

わたしが持っていないものの筆頭。 生活感。 本人はそんなふうには思っていないのだけれど、人はけして見つけてくれないもの。 毎日スーパーマーケットに買い物にいっているし、そのうち3日に1回は、ショッピングバッグから長ネギを突き出して帰ってくるし、…

コーヒーショップで

いつも立ち寄るコーヒーショップで、著しく痩せた若い女性が目の前を通りすぎた。コウモリの翅を見るような腕がいたいたしい。自分の過去の姿を思い出さずにいられない。彼女の段階までは痩せなかったが、7歳から12歳までに3回繰り返した。いまでも、尾骶骨…

手芸本

きょうもまた買ってしまった手芸の本。クロスステッチで刺繍した小布をはぎ合わせて作るピンクッションの本だ。編み物ならともかく、刺繍はほぼ未経験。できるかどうかわからないが、作品がかわいらしくてつい購入。これでもう来週にも材料を揃えて始めるん…

犬の名前

日本のあるロックンローラーが、公園でよく会う犬に勝手に名前をつけて呼びかけ「いつもかわいいな」といって飼い主に「何回いったらわかるんですか。この子はそんな名前じゃありません」と怒られたという話を息子から聞いた。母としていっしょに笑ったのだ…

にらみのあやちゃん

マンションの同じ階に住む3歳の女の子。仮に、あやちゃんと呼ぼう。きょうの午後、裏口からわたしが出たとき、あやちゃんはママの引く自転車の後ろに乗って現れた。ヘルメットをしっかり被って、こども用座席にきちんと座っている。ほんの一月会わないうちに…

They can't take that away from me.

フレッド・アステアの歌に、 君の帽子のかぶりかた 君のお茶のすすりかた その思い出のすべて 誰も僕から奪えない という詞がある。 映画では女性をかきくどく歌だけれど、思い込み人間としては、もっとせつない解釈もしてしままう。 愛する人を失いたくない…

夏休みはやっぱり短い♪

タイトルは大江千里のポンキッキーズ・メロディから。 夏休みになるとこどもたちと口ずさむ曲だ。 あしたから8月。 わたしの場合、夏休みがうれしかったのは7月中だけ。 8月に入るなり「もう終わっちゃう」と思っていた。 ずいぶんと悲観的なこどもだったも…

東京には空がない、ですけどそれがなにか?

生まれも育ちも東京下町。 自然は苦手だった。 20代のあるとき、よんどころない用事で、自然豊かな某県に丸三日滞在したことがある。 東京に帰ってくるなり銀座に直行し四丁目の交差点のまんなかで深呼吸。 これよ、これ、と叫んだものだ。 いい空気を三日も…

浴衣がけで

ことしも花火大会の季節。 街で浴衣姿の女性を見かけるのはいいものだけど、いいたくなってしまうのだ。 あのさ、もっと涼しく着ようよ。 浴衣は基本、藍と白。 帯はウールか博多の半幅で小さめにきりっと文庫結び。 髪はショートもかわいいし、アップにする…

ぷかぷか

「あなたになら言える秘密のこと」(2005年・スペイン)という映画のなかで、ヒロインが、自分にプロポーズをする男性に、こんなふうにいった(と記憶している)。 「わたしはいつか、泣き出して止まらなくなり、家じゅうが涙に沈んでしまうかも知れないのよ…

夏はパナマ

ここ数年、パナマ帽を街でよく見かける。 男性はもちろん、女性もロングヘアをまとめてお洒落にかぶっていたりする。 パナマ帽をかぶるコツは、鼻からかぶることだと思う。 帽子を片手で縦に持って鼻にかぶせるようにして構えて、手首のスナップで頭にのせる…

朝顔

こどもたちがそれぞれに小学校1年生だった年の一学期の終わり。 学校から朝顔の鉢を持って帰ってこなければならなかった。 こども一人ではとうてい運べない。 わたしが自転車に乗って小学校まで往復できるようになったのは、娘が2年生の秋からだから、朝顔の…

生涯カジュアル

自分の服の趣味を考えてみたとき、端を発しているのは十代。 中学高校が私服で、毎日、きょうはなにを着ていくかを考える必要があった。 中学の最初のうちはブレザーの上下などを着ていたが、すぐにカジュアルになり、ジーンズもよく履いた。 とにかく、なに…

ニックネーム

おかげさまで「羽生さくる」というペンネームをよく覚えていただいている。 ペンネームを考えようとしたとき、友人が制作したスイカズラの木版画に目が留まった。 スイカズラの花はティンカーベルみたいでかわいい。 スイカズラは英名でハニーサックル。 ハ…

first contact

育児をしていて、感激することは山ほどあるけれど、なかでもベスト1がふたつ。 息子が生まれて4か月経ったころだったろうか。 日付はメモしていなかったが、夏の盛りだったはず。 ベビーベッドの手前の柵を下ろして寝かせ、おむつを替えてベビー服を整えた。…

また会える

愛用MacBookをこどもたちのところに置いてきてしまって、iPhoneでチコチコ。昨夜ある人のことを思い出していた。編集者としては鬼才。新コーナー、新連載、新企画、新雑誌、新プロジェクト…新聞社の出版局で、およそ新しいものを次々に繰り出していった人だ…

水筒持参

温かい飲み物を入れて持ち歩くマグや水筒が好きで、いくつも持っている。 お茶代節約のために持ち歩くものだとすれば、お茶は外で何杯でも飲むし、マグはいくつも持っていて、幾重にも浪費なのだけれど、どちらも好きだからしかたない。 映画館の売店で飲み…

鏡のなかから

『三丁目の夕日』を地でいくわたしの幼少期。 これは母から聞いた生後10か月くらいのときの話。 4畳半のアパートで暮らしていたわたしたち親子3人だったのだが、お金に少し余裕ができて、母は洋服ダンスを買おうと思った。 わたしをおぶって家具屋さんにいっ…

演芸鑑賞遺伝子

母、わたし、娘の三代の血統については少し前に書いた通り。 母、わたし、息子の血統もある。 それは演芸鑑賞のセンスだ。 昨夜息子と二人で漫才のテレビ番組を見た。 あるコンビについて息子が「品が悪くないね」といった。 ああ、それ!とわたしは指を立て…

解題

母の見舞いに花を持っていった。 薔薇、カーネーション、ダリア、鶏頭、赤を基調にした小さなアレンジメントだ。 母は声を上げて喜んでくれたが、花の名前はもう覚えていない。 母はわたしの名前も思い出せない。 母がわたしに名前で呼びかけてくることはも…

something blue

二十代に書いた散文のなかに「銀座で青を探す」というテーマのものがあった。 当時は、松屋デパートの通りに面したショウウインドウの一つ一つに、濃い青のテント屋根がついていた。 MATSUYAのロゴが入った独特のブルー。 見るだけで爽やかで洒落た気持ちに…

感覚を包むもの

前回の一人暮らし時代。 銀座の伊東屋で買った贅沢な原稿用紙に、ぺんてるのプラマンというペンでエッセイを書きためていた。 クリーム色の地にグレイの細い罫で横広の枡が引かれていて、明るいブルーのインクがよく合った。 その原稿が日の目を見ることはな…

祈りの光

こどもの重い病気について考えるとき、心と体は無力さに沈んでいく。 自分のこどもたちが小さいころ、なによりも怖いのは病気や怪我だった。 ほんとうに幸いにして二人とも、病気も怪我も、軽いものを経験するだけで大きくなった。 でも、こどもたちの健康を…