前回の一人暮らし時代。 銀座の伊東屋で買った贅沢な原稿用紙に、ぺんてるのプラマンというペンでエッセイを書きためていた。 クリーム色の地にグレイの細い罫で横広の枡が引かれていて、明るいブルーのインクがよく合った。 その原稿が日の目を見ることはな…
こどもの重い病気について考えるとき、心と体は無力さに沈んでいく。 自分のこどもたちが小さいころ、なによりも怖いのは病気や怪我だった。 ほんとうに幸いにして二人とも、病気も怪我も、軽いものを経験するだけで大きくなった。 でも、こどもたちの健康を…
非力でもあることから、家事はぜんぶ苦手だ。 洗濯機から、よじれた洗濯物をひっぱり上げるだけで午前中のエネルギーを使い果たしてしまう。 そこからシーツを竿に干すなんて、もう、ぜったいに、無理。 なんてことをいっていても、ジーニーは現れないので、…
認知症になった母の介護を、2011年の春から通いで1年半、12年12月からは同居して約2年続けた。 昨秋、痙攣発作を起こし、緊急入院から手術、術後の療養、リハビリテーションのための転院を経て、この春に老健施設へ入所。 現在81歳。 いまの状況を見る限りで…
最初の記憶は2歳になる前の夏、蒲郡ホテルのダイニングルーム。 部厚いテーブルクロスにふんわりと沈んだ銀のカトラリーだった。 フィンガーボウルの側面にスプーンが写っていたのを覚えている。 その記憶のためか、銀の食器が好きだ。 デパートの売り場でフ…
正直にいいます。 きょうは頭のなかが真っ白。 きのうの「オルゴール」にこれまでの自分をぜんぶ書いてしまったみたい。 7時に起きて、濃い紫色の朝顔が咲いたのを見てからの一日。 とても穏やかだった。 といっても、出たり入ったり、映画まで観にいったり…
心のなかに、オルゴールを持っている。 人生のほんの始まりのときに、鳴らなくなってしまった。 バレリーナは踊らない。 わたしはときおり蓋を開けて、聞こえない調べを聞き、またそっと閉じた。 オルゴールがまだ鳴っていたころ、休日をいつもいっしょに過…
メイクアップのなかでいちばん難しいのは眉を描くこと。 わたしはそう思う。 ファンデーションを塗って、チークをつけて、口紅を引く。 次に眉を描くのがわたしの手順だ。 淡くグレイがかったブラウンのペンシルはだいぶちびているのだけれど、色とパウダー…
中学からみんなで観にいった映画が何本かある。 わたしたちが入学してからは聖書にまつわる映画だった。 「ベン・ハー」「十戒」「天地創造」「ジーザスクライスト・スーパースター」。 「ジーザスクライスト・スーパースター」には感動して、もう一度観にい…
きのうに続いて、中学高校の話。 そこはプロテスタントのミッションスクールだったから、毎朝礼拝があった。 でも講堂は一つ。 高校が月・水・金に講堂で礼拝、中学は火・木だった。 だから、中学は月・水・金をホームルームで、高校は火・木を教室でホーム…
日直がその日の授業内容や連絡事項を書いておく学級日誌。 わたしたちの中学高校にもあった。 欠席した生徒のために、日直が一晩持ち帰って詳しく書く。 それ以外のことも自由にたくさん書いていた。 イラストを描く子もいたし、いま考えていることや、悩み…
いまでも健康情報は大好き。 ん?と二度見するようなものには、ぱっと飛びつくわけだが、我ながら目が肥えているので、精度は高い。 健康は美容にもつながるから、女性としても、前に進めているように思う。 それはそれとして、病気になる可能性というものを…
元気についての話をしよう。 暗いエピソードになってしまって恐縮だが、わたしは7歳と10歳と13歳のそれぞれの夏、拒食症になった。 ふっくらしてくると痩せ、また年相応になってくると痩せることを繰り返し、すっかり痩せ型になった。 18歳くらいまでは、食…
自分が入れこむと、ともだちにも薦めまくるのが、わたしの悪い癖。 でも、外反母趾や膝痛、腰痛に悩む人は周りにほんとに多い。 歩きかたを見ていると、膝を曲げて腰をかがめ、猫背になって肩を巻き込んでいる。 顔もうつむき加減だ。 間下さんは断言してい…
マシモさんの靴はこどもたちも履いている。 息子は3歳から、娘はまだ歩けないうちから。 地面に最初に降りたときに履いていたのも、マシモ調整靴。 娘は外で転んだことが2回しかないし、息子は違う靴を履いたとたんに、膝が痛いと泣いた。 最初のころは、日…
息子が生まれてから、育児のあまりの大変さに、健康法マニアになった。 インターネットがまだ一般的ではない頃で、本や雑誌、パンフレットを読み込んで、電話で問い合わせる。 編集者の情報集めの技術と勘を集中的に使っていた。 これだ、と感じたものはすぐ…
一年以上前、母がまだ冗談を連発していたころの話。 母とわたしと娘、三代でアパートでお茶を飲んでいた。 娘が高校でも大学でも、男の先生にかわいがられていると話すと、母は当然だという。 「そういう血筋なんだから。年上の男性に受けるのよ」 ただし、…
こどもたちはそれぞれ性格が違う。 当たり前のことだけれど、息子は、わたしが同じように育てたのに、どうしてこんなに正反対なのだろうかと疑問に思うらしい。 娘は「もともと違うからでしょ」と気にも留めていないところがまた違っていて、面白い。 母とし…
娘は3月生まれ。 3歳と1か月で幼稚園に入った。 幼稚園までは歩いて15分くらいかかる。 歩いて登園したのは初日だけだった。 ほんの1か月前まで、息子の幼稚園の送り迎えにベビーカーでつきあっていた彼女。 自分がいくときにもベビーカーでいく、と宣言した…
育児のうちには、社交を教えるという側面もある。 道で知っている人に会ったら挨拶をしなさい、というような。 「女は愛嬌。ブスはぶすっとしてるからブスなんだよ」 という乱暴な教育を受けたわたしは、ツンデレは叶わない器量であることを自覚もし、とにか…
山手線の線路沿いの道に、立体駐車場があった。 どの駅とどの駅の間だったかは覚えていない。 外壁は緑色の細かいタイルで覆われていた。 電車から見えている側にスロープがあって、その傾斜に合わせて壁が菱形に切り抜かれていた。 電車の座席に座っている…
常日頃より、穏やかな人間になろうと心がけている。 電車などに乗っても、マナーのよくない人にフォーカスしたりしないように、たとえ見つけても、人の振り見て我が振り直せだな、と気を取り直すようにしている。 でも、そういう努力をしているということは…
ぬいぐるみが好きだ。 歩けるようになったころに、最初に買ってもらったハンドバッグが犬のぬいぐるみになっていて、それがとても気に入っていたそうだ。 そのとき以来だから、つまり、ぬいぐるみとともに生きる一生なのだ。 いままでに持っていたいちばん大…
きょうは読書に没頭していて、文章を書いている時間がない。 正確にいうと「時間が惜しい」。 目力、といっても眼力ではなくて、目のパワーも惜しい。 頭は疲れなくても、目が疲れて読書を中断しなければならないのが残念だから。 わたしとしたことが、本を…
携帯電話とインターネットの普及は、いまだかつてないテキストの時代をつくっている。 つまり、メールやSNSやTwitterやブログなどで、20年前とは比べ物にならない量の文章や言葉が、世界をゆきかっている。 個人のレベルでいうと、いま大人の世代なら、20年…
母がいま、わたしにできる問いかけは、たった一つ。 「寒くない?」 「寒くないわよ」と答えると、 「そう、わたしは寒くて寒くて」という。 話しているのは老健施設の食堂だから、わたしは母の部屋からケープや膝掛けを取ってくるが、じっさいには寒いわけ…
けさがたまで、とてもリアルな夢を見ていた。 目覚めているときの現実となんら変わらない、一つの世界のなかにいた。 内容は少しも覚えていない。 「リアルな夢だった」ということしか。 それはそれでいい。 夢は夢、こちらの現実は現実。 ただ、一日、起き…
職業柄、街なかでも言葉と文字が気になる。 看板や張り紙は、おそらく目に入る限り読んでいることだろう。 二階にある居酒屋が舗道に面した階段の上がり口に貼っている惹句の短冊ですら読んでしまい、あまつさえ誤字を見つけて、足は遠ざかっていくのに気持…
川越の氷川神社にお参りして、引いたおみくじから。 ちなみに末吉だった。 待ち合わせ 暗い、人の少ない場所は避けた方がよい。 一読爆笑。 それは避けたほうがいいに決まってるもの。 こちらがそんなところを指定したら、相手はなにごとかとびくびくするだ…
かつてわたしは、失くしものと探しものばかりしていた。 いまは「ばかり」ではない。 かなり、減ってきた。 この春、いわゆる「片づけ」をしたのも大きいと思う。 失くしものが多かったころは、いつも疲れていて、頭のなかにも余裕がなかった。 いま手に持っ…