羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

たいちゃん 1

小学校の同級生に「たいちゃん」という呼び名の男の子がいた。

背が高くて、色白の優しい顔つきで、国語と体育が得意。

家は駅のそばのラーメン屋さんで、おかあさんも綺麗な人だった。

 

6年生の終わりごろ、わたしは彼と仲よくなった。

国語の授業のときなど、どちらかがいい答えをすると目配せして、そうだよね、みたいな顔をしあったり。

たいちゃんはいたずら描きも上手で、卒業文集のクラスのページに、一人一人をなにかに例えた漫画を描いた。

わたしのは髪の毛がくるくるの宇宙人みたいなので、にこにこ笑いながら内股でジャンプしている。

あれはいまでも自分に似ているように思う。

 

卒業してたいちゃんとも別れ、10年近い月日が流れた。

わたしはほぼ毎日、大学の帰りにアルバイトに通っていた。

新宿までは中央線できて、東口のメトロプロムナード丸ノ内線ののりばまで歩く。

ある日、そこにたいちゃんがいた。

 

当時繁華街では、スーツを着た男性が、細長い紙の綴りを手に、若い子に声をかけているのをよく見かけた。

映画やコンサートが安くなるチケットだというのだが、どうもうさんくさい。

たいちゃんの手にも、その紙の綴りがあった。

光る生地のスーツを着ている。

わたしは近づいて声をかけた。

 

「たいちゃん」

「おお」

すぐにわかったらしく、わたしの苗字を呼んだ。

「ひさしぶりね」

わたしが見上げると、照れた様子で、どこいくの、と聞いた。

「銀座にいくの」

たいちゃんはほほえむだけだった。

またね、と手を振って、わたしは丸ノ内線の切符売り場へ向かった。

 

それからは、そこを通るたびたいちゃんに会った。

いつも手持ち無沙汰の感じだった。

わたしが顔をちょっと見て合図すると、はずかしそうに、背中を丸めて顎だけくっと動かして応えた。