羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

月の光

クラシック音楽のなかで、聴いて曲名がいえるのは数えるほど。

ただ、ドビュッシーの「月の光」は特別だ。

いつでも旋律を思いおこせる。

 

あの曲は、月そのものではなくて、月の「光」を描いているのだと、ピアノを学んできた友人が教えてくれた。

バルコニーに面する大きな窓が開いている。

カーテンが風で揺れ、斜めに差し込んでくる月の光も揺れている。

そんなところがイメージされる。

 

月の光で影踏みをしたという話を聞かせてくれた人もいる。

家の庭には月で影ができたのだと。

なんてうらやましい。

わたしも幼い影になって逃げたり追いかけたりしたいと思った。

 

数日前、わたしも初めて月の光がつくった影を見た。

深夜、自室の外のバルコニーに、飾りの手摺が影を落としていたのだ。

満月の一日前だった。

コントラストの淡い、グレイのシルエット。

わたしは「月の光」を心で鳴らした。

いつまでも見ていたかった。