羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

ロケット

7歳の春のある日、わたしは両親に連れられて東京駅へいった。

新幹線のプラットフォームまで、初めて会う親戚のおにいさんを迎えにいき、そのまま八重洲地下街の喫茶店に入った。

 

そこでは、アイスクリームがゴブレットに入ってくる。

他の喫茶店で見る半球型ではなくて、大きなスプーンでかきとったような部厚い花弁状のものが三枚も重なっている。

卵色で濃い味のそれは、いくら食べてもなくならない気がして、東京駅にいくときのわたしの愉しみだった。

 

そのときも、おにいさんを前にして、わたしは機嫌よくアイスクリームを食べていた。

ハンサムなおにいさんは白い歯を見せて笑いかけてくる。

わたしもにこにこしていた。

 

その人が異母兄だと知るのはそれから7年後のことだった。

 

喫茶店での母の表情はよく覚えていない。

出てから、地下街を歩き、父は兄にネクタイを買った。

高校を卒業してこれから就職するお祝いにということだった。

 

その店のそばに、アクセサリー店があった。

母と入って、ショウケースを見た。

わたしは上からはのぞけず、横から見ていた。

銀の小さな丸いロケットが目に入った。

レリーフ模様の花が黄色のエナメルで塗られていて、花芯はピンク。

もちろん、当時は銀だとかエナメルだとかはわからずに、ただ、かわいらしく、また大人っぽいようにも感じた。

 

お店の人に出してもらって、ロケットの蓋を開けたり閉めたりしてみた。

留め金がごくかすかな音を立てて閉まるのが素敵だった。

母は、買ってあげるという。

ロケットよりももっと小さな値札が緑色の細い糸で鎖につけられていたのをはっきりと覚えている。

¥800と書いてあったことも。

当時の800円にはいまの10倍くらいの価値があったと思う。

わたしは後込みしたが、母は買ってくれた。

 

母がそのときなにを思っていたのか、ときどき考える。

ロケットは大切にしていた。

たぶんいまも実家のどこかにあるだろう。

写真は入れないままだった。