羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

喫茶人

母の付き添いで、御茶ノ水の大学病院に通い始めたころの話。

 

病院の2階のエントランスの手前に、近くのホテルのレストランと喫茶室の出店があった。

母の診察の予約は午後いちばんで、午前中に受付だけしておくと早い順番が取れた。

その代わり、受付から診察まで2時間近く空いてしまう。

レストランで食事をするだけでは時間が余り、喫茶室に移動してお茶も飲んだ。

 

そのとき気がついた。

喫茶店の客は、レストランの客と明らかに雰囲気が違う。

 

まず、レストランに比べて一人客が多い。

年齢層は変わらないが、ファッションは喫茶室のお客のほうが個性的。

男性も女性も、しゃれた帽子をかぶっていたり、ジャケットが凝ったチェックのツイードだったり、杖の持ち手に豹の顔がついていたりする。

女性は年配でもアイシャドウと口紅の色が鮮やか。

あるいは、年配でもボーイッシュ。

 

本を読んでいる人も多い。

革のブックカバーがしてあったり。

 

年配のカップルもいて、男性は帽子と杖、女性は帽子とアイシャドウ。

静かに会話を楽しんでいる。

 

レストランの客も身なりは整えているが、主張や個性は喫茶室の客ほど強くない。

見ていて楽しいのは喫茶店のほう。

コーヒーや紅茶の飲みかたも、それぞれ堂に入っている。

 

この人たちは「喫茶人」なんだな、と思った。

街に出たら、喫茶店に入らないではいられない人たち。

病院であってもそれは同じ。

待ち時間があるからお茶を飲み、診察が終わって一息入れたいからお茶を飲む。

 

そういうわたしも、母も、喫茶人だ。

食事をするのはその後のお茶を飲みたいから。

ほとんどその域だ。

 

残念なことに、この喫茶室はほどなくなくなってしまった。

一時カフェになったのだが、それも閉店し、コンビニエンスストアに変わった。

 

あのおしゃれな年配客たちは、いまはどこでお茶を飲んでいるのだろう。

喫茶人は閉店を惜しむが、けしてめげない。

きっと別の喫茶店を見つけているはずだ。