眠れぬ夜のこども
小学校2年生に上がるころ。
夜、布団に入ってもなかなか寝つけなくなった。
11時過ぎに両親が見ているテレビの音が怖かった。
まだ寝られない、まだ寝られない、と思うから。
うちのなかの音がぜんぶ消えても、眠れなかった。
アパートの2階に住んでいて、わたしは窓際だったから、窓の外の気配が寝ていてもわかる。
ときおり、誰かが通る。
その足音が遠くから聞こえて、近くなり、窓の下を通り、遠ざかって聞こえなくなるまで追いかけた。
そのあとの静寂。
いつも歩く公園への道には街灯が一つだけ。
一人で足元を照らしてじっと立っているのは寂しいだろうと思った。
掛け布団を目の下まで引き上げて、耳を澄ます。
なにも聞こえない。
唇をとがらせて、元に戻すのを繰り返して、布団を内側でちょっとだけ持ち上げたり下ろしたりする。
そうしてまた窓の外を意識するが、やはり音はしない。
もしかするといま、世界中の人が黙っているのかも知れない。
ふいにそういう考えにとらわれる。
何万分の一秒であっても、そういう瞬間はないものだろうか。
世界の誰もが、黙っている。
地球がまるごと、静か。
それはいまかな、いまかな、いまだったかな。
わたしは何度も仕切り直して耳でタイミングをはかった。
そうしているうちにいつか眠ってしまうのだ。
絶対の沈黙。
完全なる静寂。
いまならそんなふうにいうけれど、そのときのわたしにはただ、それは群青色の湖の底にいるような、耳と体全体の感覚だった。
まだあきらめたわけではない。
静かな夜には、わたしは耳を澄ませている。
世界中の人が黙っているときをつかまえるために。