小さなしるし
寝る支度をしていたら、ふいにある画像を思い出した。
脳裏にはっきりと映っている。
20年以上前に見た、大久保の商店街の洋菓子店の看板だった。
商店街揃いの、舗道の庇の下に掲げられた、四角い看板。
息子をベビーカーに乗せて、毎日曜日通っていた、教会から最寄り駅へ向かうときに見たものだ。
なんのために、その看板を覚えたのだろう。
目は一度見たものを忘れないのだろうか。
思い出していないだけで、いままで見たすべてのものは、脳に残っているのか。
この看板のことはいつか思い出す、とそのとき思ったのかも知れない。
教会へは一人で息子を連れていっていたから、かなり骨の折れる往復だった。
それでも、荻窪から国立に引っ越す前の1年間くらい、毎週通った。
看板を見て通るだけで、そこでお菓子を買ったことはない。
息子を乗せていたベビーカーのシートも目に浮かぶ。
なにかを思い出せといわれているような気がしてならない。
そのときの自分の気持ち。
途方に暮れていた。
毎日疲れきっていて、そのことを理解してくれる人がいなかった。
味方が欲しかった。
あのときがあったからいまがある。
もう疲れきることはないし、味方だっている。
看板はそのしるしなのかも知れない。
ここにタッチして、いまいるところに戻れ。
そこまで自力で歩いたのだ。
もうなにも怖れることはない。