カフスボタン
正しくは「カフリンクス」という。
男性のスーツの袖口からのぞいているのはシャツのダブルカフスの折り返しと、それを留めているカフリンクス。
そうであって欲しいと切に願う。
これも父の影響なのだ。
最初に見たスタイルがそれだと、簡易なものは物足りなく思うことになる。
父のカフリンクス、いや当時は家族みんなカフスボタンと呼んでいたからカフスボタン、のなかでわたしがいちばん好きだったのは、ジョージ・ジェンセンの銀製のものだった。
一辺が7ミリほどの立方体が横に四つ連なっていて、その長辺の一本がカフスに触れるように留め具がついている。
シンプルでモダン、どんなシャツにも、スーツにも合った。
オパールやアメジストの入ったものを着けていたことも覚えている。
昭和の男性のお洒落は贅沢だったものだ。
きょう、日本橋で、父の好きだった洋菓子店の喫茶室に入った。
ここではコーヒーにはミルクではなくて、ウエイトレスが生クリームを浮かべてくれる。
こどものころには父や母が飲むのを見ているだけだったそのコーヒーを、きょうは一人で飲んだ。
奥のほうをふと見たら、年配の男性の袖口に宝石の入ったカフリンクスが。
日本橋はまだこういう場所なんだ、となんとなくうれしくなった。
コーヒーの生クリームも、昔ながらの上品なコク。
時間を遡るのは、ふさわしい場所を得ればたやすい。