羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

おべんとつけてどこいくの

このところ育児とこどもについて書いているから、街でもますますこどもたちに目がいくようになった。

 

いま東京は寒いのだけれど、この前の土曜日は春らしい陽気に恵まれた。

ともだちを迎えに最寄り駅までいく道で、こどもたちの鼻歌をいくつも聞いたし、笑い声もリレーのようにつぎつぎに耳に入ってきた。

自分自身が春の恵みのようなこどもたちも、暖かくなるとことさらにうれしいのだ。

 

わたしだって、こんな日に自転車の後ろに乗せてもらってすいすいいってたら、歌うたいたくなるだろう。

そう思って自然と笑顔になる。

 

さて、きょうはまた雨。

わたしは映画を観にいくために電車に乗った。

斜め向かいに2歳くらいの女の子が、おかあさんの膝に抱っこされて、クリームパンをもくもく食べていた。

 

アンティークドールに、ブリュという作家のものがある。

かわいいだけではなくて顔に活き活きとした力があって、きかん気そうなお人形だ。

その子はブリュばりのほっぺをしていた。

それがまたよく日に灼けている。

 

男の子と女の子を比べると、この年齢でも顕著だ。

女の子はどっしりしている。

男の子はどこか弱さがある。

ブリュに似たこの子も、ゆるぎない押し出しで、クリームパンを食べていた。

 

途中で、口元の向かって左の下側に、クリームがちょっとだけついた。

大豆くらいの大きさに。

食べ終わって、袋の上で手をすりすりしてなんとなくついてたパンの粉やなんかを落としていたが、クリームには気がつかない。

おかあさんもなにか話しかけているが、上から見ていると、ほっぺの張り出しでクリームは見えないのだろう。

 

そのうち、女の子はわたしを見た。

わたしはちょっとした賭けの気持ちで、自分の口の下をつつき、ついてるよ、のサインを送った。

女の子は、あやまたずにクリームを指で取って、口のなかに入れた。

 

やった。

 

もう一度女の子はわたしを見る。

わたしはにこっとしてうなづいた。

女の子は笑わなかったけど、媚びないブリュだから、それでいいのだ。