夜という字
「夜」という漢字を習ったのは小学校2年生のときだったろうか。
こくごのノートに何度も書きながら、この字はおかあさんに似ていると思った。
書けば書くほど、おかあさんに見えてくる。
そっくりだった。
そのころの母はやせて、頬骨が出ていた。
ほお骨の上には目尻の上がった目。
胸が大きく前に出ているのも特徴だった。
「夜」の字のなべぶたの下の角の部分が、ほお骨や胸を思わせる。
点のある仕切られた四角形のところが目の感じ。
交差しているのは首やウエストの細さ。
なべぶたとにんべんは髪のようだった。
顔に似ているようでありながら、母全体のイメージを表しているところが「すごく似ている」と思うゆえんだった。
いまでも、この字を見つめると、当時の母が思い出される。
顔かたちやスタイルだけではなくて、母の存在そのものが立ち上ってくるのだ。
わたしもなにかの字に似ていたらうれしいと思う。
こんなにも文字に惹きつけられた人生だったから。
でも、自分ではきっと見つけられないのだろう。
文字を意味以外の角度からも見るような、わたしに似た感覚の人がいて、あなたこの字に似てますね、といってくれたら面白いだろうな。
漢字は象形文字なのだと、改めて考えることがある。
乱暴にいうと、字は元は絵だった。
形として漢字を見ていると、イメージがそこに重なってくる。
母は夜。
意味を離れた直截的な重なりがそこにある。