羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

大問題

人から見たら、どうでもいいようなことが、自分にとっては大問題、ということがある。


じっさい、おおかたの問題は人から見たらどうでもいいに違いない。

そんなこと問題にしているのは自分だけなのだ。


わたしのその種の大問題のうち、選りすぐりのものをお届けしよう。


すなわち、口紅はピンクにするかオレンジにするか。

ねえねえ、どっちがいいと思う?

どっちがわたしに似合うと思う?


自分に聞かれても「知るか」と吐き捨てたい問題である。

それでも、これはもう長いこと悩みに悩んできた問題なのだ。


好みをいえば、ピンクに決まっている。

しかし、似合うのはどうもオレンジらしい。

顔色がよく元気に見える。

だけど、オレンジは、わたしのなかでは「かわいい」とストレートにはいいにくい色だ。


オレンジ色って元気でいいね、明るくていいね、健康的でいいね、とはいえても、かわいい、となるとどう考えてもピンク。


これは理屈っぽくいうと、客観か主観か、だ。

客観的に選ぶか、主観的に選ぶか。

つまり、口紅は、人から見て似合う色をつけるほうがいいか、似合っても似合わなくても自分の好きな色をつけたほうがいいのか。


間を取ってピーチ、という選択もある。

でも、どっちもいいからどっちつかずでピーチにしておきましょ、というのはどうも気に入らない。

オレンジならオレンジ、ピンクならピンク、とはっきり決めたいのだ。


口紅については、いろんな色をつけてみたいという気持ちと、いわゆる「運命の一本」というような、自分にぴったりこれしかない、という色を見つけたいという気持ちが交錯する。


どちらかというと、素顔と同じように、これがわたし、という色を見つけたい気持ちが強い。

それはじつは、オレンジではなくピンクでもなく、さりげないベージュかも知れない。


かつてシャネルにそんなベージュがあった。

プーケット」という名前のオレンジ味を帯びた軽やかなベージュだった。

蜂蜜色のグロスを重ねると、洗練されたキュートな色合いになった。


ああ、しかし、3本使ったところで廃盤。

わたしはまたオレンジかピンクかのさすらいの旅に出たのだった。


ほんとうにね。

人から見たらいままで選びあぐねてつけてきた何十色という口紅も、どれがどれでもわかりゃしないという話なのだ。


でもやはり、わたしは明日の朝も悩むだろう。

オレンジかピンクか、それが問題だ、と。


と同時に「プーケット」の復刻を心から願うものである。