羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

すべってゆく

山手線の線路沿いの道に、立体駐車場があった。

どの駅とどの駅の間だったかは覚えていない。

外壁は緑色の細かいタイルで覆われていた。

電車から見えている側にスロープがあって、その傾斜に合わせて壁が菱形に切り抜かれていた。

 

電車の座席に座っているわたしが、菱形の空間を通りすぎるちょうどそのあいだに、右上からオレンジ色の自動車が現れ、斜面をすべって、最後にテールランプの側面を見せて消えていった。

わたしの目は、シャッタースピードを遅くしたカメラのレンズのように、菱形の空間から見えた映像を連続させて、自動車の全体像を脳裏に写しとった。

 

目は菱形の空間を電車のスピードで通りすぎていっただけなのに、頭のなかには自動車全体が残ったのだ。

わたしはその画像をしばらく呆然と見つめていた。

緑色の壁面とオレンジ色の車体のコントラストも鮮やかだった。

濁りのあるエメラルドのような緑と、ニンジンのグラッセのようなオレンジだった。

 

いまでも、何度でも再生ができる。

脳内動画ライブラリーの重要な一本だ。