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羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

わたしに似合う靴、靴、靴はないかしら 1

息子が生まれてから、育児のあまりの大変さに、健康法マニアになった。

インターネットがまだ一般的ではない頃で、本や雑誌、パンフレットを読み込んで、電話で問い合わせる。

編集者の情報集めの技術と勘を集中的に使っていた。

これだ、と感じたものはすぐに試す。

体をまっすぐに立てているのが辛いというのが主訴だったから、温灸や骨盤調整、ヨガ、カイロプラティック、整体、気功、もうありとあらゆるものに走った。

 

それだけ走る元気があるなら大丈夫だったのではないかといまは思うけれども、当時の本人としては、どうにかして体力をつけたかった。

姿勢を正し、起きてから寝るまでへこたれずに息子の世話をしたかった。

毎日夕方に気が遠くなりそうになったり、9時半になると強制終了がかかって眠り込んでしまったりしていたのだ。

 

息子が2歳の夏の終わりに、国立に越してきた。

その一年後だった。

いろいろな方面の「達人」に取材した単行本を見つけて読んだ。

そのなかの一人に、シューフィッターがいた。

 

長年オーダーメイドの靴を手掛ける職人だったが、、外反母趾や腰痛の人が多いことを憂い、ドイツに勉強にいって資格を得たという。

その専門知識もさることながら、職人として、超がつくような能力を持っている人だということが文面からぴしっと伝わってきた。

 

この人だ!

そうなったら例によって行動が素早い。

すぐに電話を掛けて予約を取り、新井薬師前にあるその人の靴店に向かった。

間下庄一さんの「靴のマシモ」である。

 

間下さんは、想像していた通りの、頑固一徹職人らしい、がっしりとした男性だった。

わたしは、しめた、と思った。

こういう人とならうまくコミュニケーションが取れる。

いい靴を調整してもらって、きっと健康になれるはず、と最初に信じたのだった。

 

間下さんが最初にしたことは、足の採寸だった。

踏むと下に仕込んだインクが紙ににじんで足型を写し出す仕掛けがあって、それで片足ずつ計る。

 

その足型を左右じっと見て、はい、わかりました、といった間下さんが出してきたのは、焦げ茶の紐で締めるウオーキングシューズだった。

まだ坊やも小さいから、抱っこして歩いたり、追いかけて走ったりするでしょう、こういう靴が安全です、最初はこういうのからね、という。

 

中敷きを左右それぞれに調整してもらい、履かせて紐を締めてもらう。

それで立ったら、背が高くなった感じがした。

胸が開いて、おなかがひっこみ、息がすうっと入ってくる。

とても体が楽だった。

 

そのようにいうと、間下さんは、そうでしょ、とうれしそう。

お店のなかを歩いてみたら、足が軽やかに前に出る。

歩きやすーい、というと、間下さんはまたうれしそう。

 

その日から、間下さんの靴しか履けないわたしが始まった。

そして、後からわかる。

もう整体にもカイロプラティックにもいかなくても大丈夫になったことが。

健康マニア時代に一つの区切りがついたのだった。

 

 

あしたにつづく。