羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

オルゴール

心のなかに、オルゴールを持っている。

人生のほんの始まりのときに、鳴らなくなってしまった。

バレリーナは踊らない。

わたしはときおり蓋を開けて、聞こえない調べを聞き、またそっと閉じた。

 

オルゴールがまだ鳴っていたころ、休日をいつもいっしょに過ごす人がいた。

わたしたちは、他人のなかから互いを見つけた、心の兄と妹だった。

彼が越していったあと、わたしには苦しい時が訪れた。

こどもの立場では背負わなくていいものを、たくさん背負った。

 

大人になっても、それを下ろすことはできなかった。

下ろしてもぜんぜん構わなかったのに、つらかったね、といわれたい一心で、重みにひしゃげた自分をやめなかったのだ。

いつも笑顔でいたが、その下の気持ちを誰かにわかって欲しくてしかたなかった。

 

少し前のこと、故郷の町で、彼と偶然に再会した。

ともに驚き、喜びあった。

 

オルゴールは鳴らないだけで止まってはいなかった。

大きな歯車が長い時間をかけて回ってきて、それより小さな歯車の動きにかちっと刻みを合わせたとき、調べは再び流れだす。

笑顔は幸せだけの意味になり、つらい思いは調べのなかに溶けていく。

 

バレリーナはくるくる踊っている。