鏡のなかから
『三丁目の夕日』を地でいくわたしの幼少期。
これは母から聞いた生後10か月くらいのときの話。
4畳半のアパートで暮らしていたわたしたち親子3人だったのだが、お金に少し余裕ができて、母は洋服ダンスを買おうと思った。
わたしをおぶって家具屋さんにいって、扉に鏡のついているタンスを見ていたら、わたしが鏡のなかから笑いかけてきたのだそうだ。
大きな鏡を見るのは初めてなのに、頭のいい子だ、と母は思ったらしい。
親ばかではある。
わたしも母親になってから、こどもたちといっしょに鏡を見たが、わりとすんなり鏡というものを理解していた。
数日前にも洋服屋さんで、おかあさんと鏡を見て、声を上げて笑っている1歳くらいの女の子を見た。
母にとって、大切だったのは、じっさいのわたしの頭や発達段階よりも、この子は頭がいい、という直観だったのではないだろうか。
母はそれを頼りにその後を生きていく。
洋服ダンスも鏡のついているそれを買った。
鏡を見てネクタイを締めていた父を覚えている。
そこに映った部屋のなかの様子も。
わたしは背のびをして、ようやく頭の先が映るくらいの身長だったから、後ろのほうに下がって自分を見ていたものだ。
思い出すと、母の編んだ赤いセーターとレギンスの上下を着て、自分に手を振るわたしが見える。