羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

にらみのあやちゃん

マンションの同じ階に住む3歳の女の子。

仮に、あやちゃんと呼ぼう。


きょうの午後、裏口からわたしが出たとき、あやちゃんはママの引く自転車の後ろに乗って現れた。

ヘルメットをしっかり被って、こども用座席にきちんと座っている。

ほんの一月会わないうちにずいぶんと大きくなったので、あやちゃん、おっきくなったね、と声を掛けた。


あやちゃん不動。

顔も動かさないし、口だってきゅっと結んでいる。

わたしの顔も見ないで正面向いたまま。


おかあさんは恐縮して、こんにちはは、というが、あやちゃん揺るがず。

わたしは、いいのいいの、といって、あやちゃん、ほんとに大きくなったよ、まったねー、と明るく別れた。


娘の小さいときと同じなのだ。

誰になにをいわれても、眉間に力を入れてじっと見るだけ。


ロージナ茶房のマスターが、娘をあやしたお客さんに、

「すまないねえ、生まれつき愛想がわるいんだよ」

と謝ったくらいだ。


わたしはこの調子なので、ご挨拶なさい、みたいなことはいったことがなく、もっぱら自分の愛嬌でカバーしていた。


そして時は経ち。

高校に入った頃から、娘も人に笑顔を返すようになった。

高校が自分に合っていたのだと思う。

ともだちや先生たちとのびのびコミュニケーションが取れている様子で、毎日楽しそうだった。


あやちゃんも、いつかきっと、自分の表現力に自信が持てるようになり、余裕で笑顔になれる。

いまは感受性が先行していて、いわれて感じたことを返したくても、それにふさわしい言葉がまだ遣えないのだ。


不動で前をにらみながら、原稿用紙に書いたら800字くらいになることを、ううーん、と感じているのだろう。

その無言は、尊くて、愛らしい。