羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

犬の名前

日本のあるロックンローラーが、公園でよく会う犬に勝手に名前をつけて呼びかけ「いつもかわいいな」といって飼い主に「何回いったらわかるんですか。この子はそんな名前じゃありません」と怒られたという話を息子から聞いた。


母としていっしょに笑ったのだけれど、じつはわたしには笑えない過去がある。


池上線沿線で一人暮らしをしていたとき、近くのお屋敷の庭に犬がいた。

わたしが通ると門のところまで出てきて、ハアハアいう。

実家で犬を飼っていたからか、犬に好かれるきらいがあった。

しばらく話をして、じゃあね、と離れると、くんくんいうのもかわいかった。


洋犬で、黒に近い焦げ茶の短毛種だった。

大きさは中くらい。

人でいうと中肉中背の感じだった。

わたしは毛色から、黒ビールを連想し「スタウト」と勝手に名前をつけた。


わたしはロックンローラーほど天真爛漫ではなかったから、犬に向かってその名前で呼んだりはしなかったが、思い浮かべるときは「スタウト」だった。


黒い門扉の隙間から鼻づらとピンクの舌を出していたスタウト。

じれったそうに足踏みをして、地面で爪の音がした。