羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

座高問題

映画鑑賞や観劇の際、前の座席の人の座高に悩まされることがよくある。

誰にでもよくあることだろうか。

わたしは座高が低いから、というと自慢に聞こえるかしら。

ようするに小柄に近いので、前に背の高い男の子が座ったりするとたちどころに困る。

 

映画館はもうかなり前から、座席の配置とスクリーンの高さなどが計算されていて、昭和のころのような座高問題は少なくなっている。

それでも、前の人の髪の毛のてっぺんがスクリーンの下の端の一部をわずかに切り取るなんてことはなくならず、そのストレスはそうとうのものだ。

 

観ているあいだじゅう、自分の背中の骨と骨とのあいだを少しずつ伸ばして、首もきゅっと伸ばして髪の毛がスクリーンの下辺をよぎらない高さをキープしなければならない。

ちょっとでも気を抜くと髪の毛が現れ、イメージのなかのスクリーンのきっちりとした形を台無しにしてしまう。

そんなところは気にせずに登場人物に集中すればいいようなものの、スクリーンが完全であればこその集中なので、もうどうにもこうにもいらいらするのだ。

 

きょうは、さる舞台の鑑賞に赴き、二階席に座った。

幕が上がる直前、座席のブロックごとに、大きなフリップを掲げた係員が現れた。

体を前に乗り出してのご観劇は、他のお客様に大変ご迷惑になりますので、ご遠慮ください、というアテンションだった。

観客の7割方を占める年配女性たちは、誰もそれを聞いていないように見えた。

 

はたして一幕め。

座席は列ごとに半分ずつずれているから、斜め前に当たる女性の頭部が、わたしの視界の下方を山形にじゃましていた。

舞台のまんなか付近のふちがまるで見えない。

女性の肩は、座席よりずいぶんと前に出ていて、首も前に差し出されている。

 

二幕めにはなんとか後ろにもたれてくれないものかと、休憩後のアテンションに期待した。

係員はそれぞれに声を張り上げて、フリップを指しながら注意を喚起している。

斜め前の女性は隣の連れの女性と話していて、聞いていない。

聞いて欲しい人は聞かないのが常ではあるが(自分のことではないと思っているから)彼女もか。

 

わたしは意を決し、彼女のほうにそれこそ身を乗り出して、もう少し後ろに座っていただけませんか、一幕は髪で舞台のふちが見えなかったんです、といった。

彼女は、半分がた振り返り、わたしはずっと背中をつけているんです、という。

 

背中をつけていて、どうしてそんなに肩が前なんですか、といいそうになりながら、上からのぞきこんでみると、背中はついている。

しかし、それは丸く、さらに姿勢が丸まっているので、背中は十分についていても、肩と頭は前に出てしまうのだった。

 

えええー、といいたくなった。

わたしは、背中を背もたれにつければ肩甲骨もつくし、首の後ろもついて、座席の上のへりに頭をもたせかけることができる。

そういう人ばかりじゃないんだ。

 

非常に失礼ないいかたではあるが、それを初めて知ったのだった。

そして周りを見回してみると、中年以上の女性はほぼ全員、肩も首も前に出ていた。

座高問題ではなく、乗り出し問題でもなく、これは猫背問題なのだ。

座骨で椅子に座らず、骨盤を傾けておしりの上部で座っている。

そうすると顔はうつむいてしまうから、首を突き出し、顎を突き出して、顔だけを正面に向けようとする。

胸郭はすぼまり、ますます背中は丸くなる。

 

斜め前の女性には酷なことをいってしまったが、これからでも遅くない。

姿勢に意識を向けてみてください。