羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

カップのゆりかご

一日に、最低一度は喫茶店やカフェに入る。

 

カフェインへの依存を心配してくれたともだちがいるが、たぶんそうではないと思う。

一つには、知らない人の顔を見ないで一日を終えると寂しい気がすること。

もう一つには、両親が出会ったのが喫茶店だから、遺伝子にコーヒーや紅茶がしみ込んでいるのではないかと思われる。

二重螺旋の一本がコーヒー染めで、もう一本が紅茶染めなのだろうきっと。

 

父はお酒が飲めず、ヘビースモーカーだった。

喫茶店に入るのは煙草のためがほとんどだったかも知れないが、コーヒーは好きだった。

父が経営する会社は人形町にあった。

朝10時くらいに出勤するものの、会社の手前の喫茶店にまず入る。

会社に上がるともうお昼近くて、出前を取り、食べ終えるとまた喫茶店にいってしまう。

わたしと母を日本橋や銀座に連れていってくれるときにも、喫茶店、買い物、また喫茶店だった。

 

母も煙草を吸ったし、コーヒーもよく飲んでいた。

家にはお客が多く、コーヒーをいれることも多かった。

そのうち、同じマンションに住んでいた喫茶店のマスターに薦められて、50代の半ばで自分も喫茶店を開いた。

だから喫茶はしばらく家業にもなっていたのだ。

わたしもこどもが生まれるまで2年間手伝った。

 

コーヒーを出す側も楽しいものだと知ったが、コストをカバーするのは大変であることもわかった。

母の体力が続かず、店は人に譲ることになった。

 

そんな経緯もあって、喫茶店やカフェは、わたしにはいつも親しい場所だ。

お茶を飲むこと、そこにいること、周りを眺めること、すべてに気持ちが和らぐ。