羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

2015-01-01から1ヶ月間の記事一覧

モードを決める

一人称、書く相手、の次は。 まだテーマではなく。 モードを決める。 モードとはたとえば、真面目モード、仕事モード、遊びモード、ともだちモード、みたいに考えてもいいし、服装のモードでたとえてもいい。 簡単にいえば、カジュアルかフォーマルか。 カジ…

相手を決める

一人称が決まった、自分だけでこっそり書いて読んだ、文章と自分の距離が近づいてきたような気がする。 そしたらどーんと、書きましょう。 なにを。 なんでもいいんです。 それが困るんですよ、作文の題が「自由」ってやつでしょ。 あれは苦手。 いや、なん…

コンパクトを開くように

誰にも見せない自分だけの文章は手書きだとなおよいと思う。 ミッドセンチュリー生まれのわたしには、ペンとノートがどうしても必要だ。 自分から言葉が出てくることを実感するのには、万年筆がいちばんで、ノートもペンがよく走るつるつるした紙のを使って…

自分の文章を書く

一人称の話を前に書いた。 小学校の作文で初めて一人称を使う一人称はなんだろう。 男の子なら「ぼく」女の子は「わたし」だろうか。 中学に入って「僕」になったり「私」になったり。 大学生ともなれば男子もレポートでは「私」を使うことだろう。 年齢が上…

百年傾向

体力はついてきたとはいえ、人並み以下で、乗り物酔いもすぐするわたし。 それなのに、過去18年半、健康保険を使ったのは歯医者さんだけ、というのを自慢にしている。 人間ドックはおろか、健康診断も大学卒業以来受けていない。 それは自慢にはならないとよ…

鎖国女

わたしはいまだかつて外国にいったことがない。 物書きなのに。 この時代に。 いったいいままで。 なにをしていたのか。 いわゆる海外を飛びまわって仕事をしている元同級生から、最近になって「鎖国女」というあだ名をもらった。 そういうあなたは「黒船女…

パロディ精神

わたしのペンネームが「ハニーサックル」のもじりだということは最初に書いた。 もじり、語呂合わせ、パロディ、見立て、いいかえ、ダジャレ。 みんな好きだ。 比喩というのはギャグと発想が同じだとも思っている。 真面目一方ではすぐれた比喩はできない。 …

映画の時間2

育児まっただなかの時期に洋画のビデオやDVDに耽溺したのは、映画のなかで自由を感じられたからだと思う。 ウッディ・アレンの『カイロの紫のバラ』を地でいくような日々。 新作だからとなにげなく見た『追跡者』で、FBI捜査官役のロバート・ダウニーJr.がヘ…

映画の時間

わたしが映画をたくさん見始めたのは、母親になってからだ。 最初はビデオだった。 乳飲み子がいると遠出はできないし、もちろん一人で出かけることもかなわない。 臨月まで落語や演劇に通いつめていたほどの鑑賞欲求を満たしてくれるものは、洋画のビデオし…

たずね人

イタコにも呼べない人がいる。 原宿駅を竹下口に出て、信号を渡ってそのまま左へ、中学校に続く道が分かれるところの少し手前にあった喫茶店ノワール。 そこのマスター、さいとうさん。 彼はかつて銀座の清月堂ライクスという喫茶店のバーテンダーだった。 …

生きてる人を呼ぶイタコ

よほど出歩いているからだと思うのだけれど、街で知っている人にばったり会うことがよくある。 たとえばきょうも。 最寄り駅にいく前に用があって、数十メートルだけいつもと違う道を歩いたら、半年ほど会っていなくて消息を知りたかった人に会った。 その後…

lost decade

娘が小学校に入って日中の時間が自由になったころ、友人とよく出かけるようになった。 二人で立ち寄ったデパートの化粧品売り場で、男性のメイクアップアーティストにメイクをしてもらうことになった。 わたしの普段の生活と、これまでの様子を聞いた彼はい…

虹のなかの黒

娘が幼稚園の年中組のとき、理事長先生が心臓のバイパス手術で入院された。 園児たちはおのおのお見舞いの絵を描くことになった。 娘が描いたのは、虹の下を自分とおにいちゃんとママが歩いているところ。 三人は四角のブロックで組み立てたような体型をして…

空はへこんでる

あるとき突然に気がついた。 空ってへこんでる。 わたしの住まいに帰る道は少し上り坂になっている。 左右に駐車場があり、その周りは二階建てか低層のマンション。 空がぐるっと見渡せる。 夏の昼間の入道雲も、冬の冴えた星々も、大きな視界で捉えられる。…

参った魚は目でわかる

現在は認知症で、意味の通る会話がほとんどできなくなっている母。 かつての母は、冗談でしか話をしない人だった。 まともなままで会話が終わることは皆無。 こちらはつねに頭を回転させて聞いていなければならない。 家にいるのに、疲れたからもう帰りたい…

喫茶人

母の付き添いで、御茶ノ水の大学病院に通い始めたころの話。 病院の2階のエントランスの手前に、近くのホテルのレストランと喫茶室の出店があった。 母の診察の予約は午後いちばんで、午前中に受付だけしておくと早い順番が取れた。 その代わり、受付から診…

sourire ── 微笑み

わたしには、とっさに感情を隠してしまう癖がある。 こどものころの環境によって、自分が感情を出すとなにかが壊れると思いこんだからだ。 感情を出しても、いやなものは去らないし、自分はどこへもいけない、という絶望も同時に感じていた。 感情を隠すには…

文鳥日記

20代のまんなかで、一人暮らしをした。 引っ越し荷物を作るさなか、小学校3年生のときに書いた文鳥の飼育日記が出てきた。 B5のノートに濃い鉛筆で書いてある。 ところどころに色鉛筆のスケッチが入っていたり、羽がそのままセロハンテープで貼ってあったり…

一人称

大学2年のときに、学生ミニコミ誌の創刊に関わり、そこでエッセイを書くようになった。 当時は落語が好きで、お祭りも浴衣も好き、趣味は手拭の収集、だった。 ペンネームは高杉晋作の恋人の芸者の名前、連載のタイトルも歌舞伎の外題をもじったりして遊んで…

ゴブラン

駅舎の外壁に取り付けられている駅名の看板。 暗くなるとライトが灯って浮かびあがる。 わたしの最寄り駅の看板は、仕事でこの5年間、折々に訪問している会社が製作したものだ。 社長はもちろんのこと、社員の人たちとも言葉を交わすし、社内の景色とも親し…

ねこのここねこ

母の病気にまつわることを自分一人で負う重みにひしがれたこの夜。 星を見上げて帰ってきた。 坂の上に、ひときわ明るく輝く白い星。 瞬きの合間から、声が聞こえた。 「いきしゃーん、ほんよんでー」 アパートの廊下からわたしを呼ぶとしぼうの声だ。 とし…

ロケット

7歳の春のある日、わたしは両親に連れられて東京駅へいった。 新幹線のプラットフォームまで、初めて会う親戚のおにいさんを迎えにいき、そのまま八重洲地下街の喫茶店に入った。 そこでは、アイスクリームがゴブレットに入ってくる。 他の喫茶店で見る半球…

毛糸小僧

例の四畳半に住んでいたころから、母の編み物の内職を手伝っていたおかげで、毛糸については勘が働く。 とくにこの数年、熱心に編み物をしているのだけれど、売り場で毛糸を選ぶときにはなにやらゆるぎない自信が湧いてくる。 言葉にすると「わたしにはわか…

伝記

小学校の図書室の「伝記」の棚。 いちばん最初に読んだのは「キュリー夫人」だった。 当時はキュリー夫人にたいそう憧れていた。 独身時代の彼女、研究に没頭するあまりに寝食を忘れる。 心配したおねえさんが彼女の下宿にやってきて、きょうはなにを食べた…

きょうの料理

20代から、日常的に料理をしているわけだが、きょう気がついた。 上達はあまりしていない。 特別に得意にしている料理はないし、ある料理に凝って繰り返し作った経験もない。 大学を出た春から、土井勝料理学校に通った。 家庭料理の基礎を学びたかったから…

月の光

クラシック音楽のなかで、聴いて曲名がいえるのは数えるほど。 ただ、ドビュッシーの「月の光」は特別だ。 いつでも旋律を思いおこせる。 あの曲は、月そのものではなくて、月の「光」を描いているのだと、ピアノを学んできた友人が教えてくれた。 バルコニ…

たいちゃん 2

大学を卒業して、新宿のメトロプロムナードは通らなくなった。 だからたいちゃんに会うこともなく、また地元で見かけることもなかった。 それからまた10年と少し経って、1歳になった息子を連れて、6月のお祭りに実家に帰った。 実家のあるマンションの1階は…

たいちゃん 1

小学校の同級生に「たいちゃん」という呼び名の男の子がいた。 背が高くて、色白の優しい顔つきで、国語と体育が得意。 家は駅のそばのラーメン屋さんで、おかあさんも綺麗な人だった。 6年生の終わりごろ、わたしは彼と仲よくなった。 国語の授業のときなど…

初恋文

19歳の1月3日。 初めて好きになった人とお茶を飲んでいた。 「水車」という喫茶店。 レモンは厚切りで紅茶に沈んでしまい、青い文字のハンコがくっきり見えた。 わたしの隣には観音竹の鉢があった。 うん、うん、とうなづくたびに、観音竹の葉っぱの先が頬に…

腕が泣く

悲しいとき。 うれしくて笑顔だけでは間に合わないとき。 両手の薬指が、遠い湖から涙を呼んでくる。 周りの樹々を映す、碧い湖。 わたしの涙はぜんぶそこにある。 吸いあげて腕のなかへ。 腕は震える。 まず腕が泣いて、肩が泣く。 そこから瞳に流れこんで…