羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

杖つく人

少し前から、街で、杖をつく人に目が留まるようになった。

見えはじめるとどんどん現れる。

駅の構内でも、通りでも、杖をつく人がわたしに向かって歩いてくる。

杖をついているのは年配の人だけではないこともわかった。

 

自分の意識が杖にいっているのだ。

意味はなんだろう。

 

きょうの午後、カフェのスツールに腰掛けて紅茶を飲んでいたら、立て続けに二人の人が、杖をついて入ってきた。

わたしは解答の時間が迫っているように感じて、また杖の意味を考えた。

 

すると、奥の階段から男性が下りてきた。

70代だろうか。

杖をついている。

彼はわたしの前で立ち止まり、杖を持った左手を少し上げた。

杖は彼の手のひらの下で、細い円錐を逆さまに描いてくるくると回った。

 

瞬間わたしはなにが起こっているのかと目をこらした。

彼は杖の柄についているストラップを手首にかけて持っていた。

ストラップのよじれをそうやって直したのだということを理解した。

 

でもじつはそうではない。

愉快になって考えた。

いまわたしは魔法をかけられた。

宙に浮かんでくるくる回る杖で。

 

自然と笑顔が浮かんできた。

優しい魔法に違いない。