羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

人違い

外を歩いていて、知っている人によく会うということは前に書いた。

生きてる人を呼ぶイタコだと。

 

その副作用みたいなもので、人違いもときどきしてしまう。

手を振って近づいていったら、ぜんぜん知らない人だったり。

 

あるとき、家のそばの横断歩道で、ある女性に「こんにちは」と親しく声を掛けた。

夏のことで、つば広の帽子をかぶったきれいな人だった。

すぐに人違いだとわかって、ごめんなさい、と謝った。

その人は、どういたしまして、というような言葉とともに会釈して、渡っていった。

 

その後ろ姿を見送って、あれ、誰とまちがえたのだろう、と思った。

あの人に似ている人って誰だろう。

まったくわからなかった。

なぜ、わたしは声を掛けたのかしら。

狐につままれたような気持ちになった。

 

その翌年、わたしは小学校のPTA会長をしていた。

月に一度、委員が集まる会議がある。

2回めの会議が終わったあとで、一人の委員が挨拶にきた。

会長は羽生さくるさんではないでしょうか、と聞かれた。

 

彼女は地元生まれの人で、町でいちばん古い喫茶店のマスターからわたしのことを聞いていたのだった。

わたしもマスターにはこどもたちともどもとても世話になっていた。

彼は彼女にわたしの書いた育児の本を贈り、今度この著者を紹介するといっていたそうだ。

しかし、それからほどなく彼は病を得て、しばらくの療養の後亡くなった。

だから彼女はわたしとはもう知り合えないと思っていた。

ところがPTAの委員に出たら、会長がどうもあの著者らしい。

誰かがわたしの仕事のことを彼女に話したのだそうだ。

それで思いきって本人に聞いてみようと思った。

 

そんな経緯を聞くうちに、わたしは気がついた。

去年横断歩道で声を掛けたのはこの人だったと。

まちがいだったのに、迷惑そうな様子をせずに、さわやかな印象を残していった人。

 

彼女にそのことをいったら、そうでしたね、という。

わたしを最初の委員会で見たときから、彼女にはわかっていたのだ。

 

その学年が終わってから、彼女と学校以外で会うようになり、親しくなった。

マスターの喫茶店でもお茶を飲んだ。

これでマスターも安心したでしょうね、ほんとにね、といいながら。

 

あれは人違いではなかった。

未来の記憶が現在にふっとまぎれて、彼女に「こんにちは」といったのに違いない。

 

その証拠が一つ。

いま、彼女と会って別れるとき、去り際が、あのときと同じなのだ。

会釈をして、わたしの注意をいつまでも引っぱらないようにさっと離れていく。

彼女の配慮を理解して、わたしもそこを離れる。