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羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

片づけと体力の充実

かつてわたしは、失くしものと探しものばかりしていた。

いまは「ばかり」ではない。

かなり、減ってきた。

この春、いわゆる「片づけ」をしたのも大きいと思う。

 

失くしものが多かったころは、いつも疲れていて、頭のなかにも余裕がなかった。

いま手に持っているものを、落ち着く場所まで持っていくことができなかった。

どこかそのへんで手を離すともなく離してしまうのだ。

 

いまの自分が当時の自分のそばにいたら、体を支えて椅子に座らせるか、ベッドに寝かせてやりたいところだ。

とくに育児中は、子育て幽霊のようだった。

よくも倒れずに生きてこられたものだ。

 

そういう部屋の状態がよけいに体力や気力を奪うということもある。

だから専門家は「まず片づけ」というのだろう。

たしかに、いまクロゼットを開けてみると、すっきりしていて、なにかを奪われる感じはしない。

ごちゃごちゃした状態のときは、開けたとたんに、はあ、と力が抜けていた。

それを取り戻すのにまたエネルギーがかかる。

力が抜けたことと取り戻さなければならないことで二倍失っていたようにも思う。

 

いま体力と気力が不足していて片づけられない人には、大変つらいことではあるが、一度そこに大きなてこ入れをして、いったん片づけることを勧めたい。

すっきりすると消耗が減るから、そこからは充実するいっぽうだ。

たとえ外で疲れても、倍取り戻さなければならないことはない。

疲れた分だけ補給すればよいのだ。

 

外へ出るときも、ごちゃごちゃを後にしていくとなにか引っぱられる感じがあるが、片づいていると玄関を開けたときから足取りが軽い。

通りに出ればもう爽快に歩ける。

 

自分もそうだったから大変だと思うが、片づけはできればできるだけしたほうがいい(切れ味わるし。ほんとにできるだけ、ね)

いまはたぶん想像していない部分まで、よい影響が及ぶから。