羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

押すな押すな

常日頃より、穏やかな人間になろうと心がけている。

電車などに乗っても、マナーのよくない人にフォーカスしたりしないように、たとえ見つけても、人の振り見て我が振り直せだな、と気を取り直すようにしている。

 

でも、そういう努力をしているということは、つまり、電車に乗るたび最低一度は立腹しているということだ、事実は。

 

一つだけ、それを書くことを自分に許そうと思う。

それは「おばさんが乗り降りのときに前の人を手で押す」。

 

手の甲の場合もあるし、手のひらで押してくることもある。

とにかく、おばあさんを含むおばさんたちは、乗るときにも降りるときにも、前の人を無言で押す。

 

乗るときは、そのへんの人全員乗るわけだから、押さなくても乗れる。

前の人より早くは乗れないし、たとえ自分が最後でもドアはそう簡単には閉まらない。

焦る必要はまったくない。

なのにおばさんたちは押してくる。

おばさんたちは人に触ることにためらいがない。

人とドアの区別をつけていないのかも知れない。

 

降りるときも無言で押してくる。

きょうわたしも派手に押された。

わたしは、ドア近くに立っているときには、降りる人の気配があってもなくてもドアが開いたらいったん降りる。

降りる人がいなくて、降りたり乗ったり一人芝居になることだってよくある。

そんなわたしをよくも押してくれたわね。

 

降りたいときに前に人がいたら、まずは「降ります」と声を掛ける。

重ねて「ごめんなさい、降ります」と感じのいい声でいう。

そうしたら、たいていは道が開く。

「ありがとうございます」といいながらすり抜ける。

それで降りられるのだ、まちがいなく。

手で押さなくても。

 

一生に一度しか会わない人に礼儀正しく接することが、自分を助ける。

自分を見えない部分で支えてくれるように思う。

電車は一生に一度しか会わない人でいっぱいだ。

押さないでおばさん、舌打ちしないでおじさん。

ドアが開いたら笑顔で散っていきましょう。