mon oncle 3 リングは中指
大学を出てから、週刊誌の仕事で伊丹さんに会ったこともあった。
世田谷の自宅で、炬燵に入ってのんびりとインタビュー。
映画の話だったと思う。
下の坊やが、炬燵の周りを駆けまわり、伊丹さんに叱られていた。
映画監督になってからの伊丹さんは、藍染めの服やマオカラーの長いシャツを着たりして、雰囲気が変わった。
わたしはダークスーツの伊丹さんが好きだったなあ、と映像を見るたび勝手なことを考えていたものだ。
数年後、伊丹さんの映画のプロデューサーから連絡があった。
新しい映画の冒頭で、主人公の男女が出会うシーンを考えている、伊丹さんがあなたの本から台詞を起こしたいといっているけれど、どうだろう、と。
わたしは、OLの友人たちに取材した本の2冊めを出したところだった。
伊丹さんの仕事場は変わったらしく、待ち合わせたのは、六本木のキャンティだった。
プロデューサーと三人で話をした。
「このタイトル、ずいぶんとシビアじゃない」
伊丹さんはにこにこしていた。
彼は笑うと目が細くなって、瞼のふちがキラキラする。
「男性の編集者に反対されましたけど、ほんとにいたんです、そういう人、って引っ込めませんでした」
「台詞に使わせてくれるかな」
そのタイトルとは『お局さまのリングは中指』。
映画は『あげまん』だった。
わたしは承諾し、冒頭のシーンに使われた。
電車で宮本信子さんに痴漢にまちがわれた津川雅彦さんが、お前のような年増に触るもんか、抗弁する。
なんだい、物欲しげに中指に指輪なんかしやがって、と。
わたしはそんな揶揄を込めて書いたわけではない。
地下鉄のなかで、綺麗なルビーの指輪を中指にした30代後半のOLを見たのだ。
値の張る指輪を自分へのご褒美に買ったけれど、薬指にしたら出会いが遠のくから中指に。
そういう女心。
伊丹さんには通じなかったみたいだ。