羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

mon oncle 4 見えないだけ

「あげまん」の完成試写会とそのあとのレセプションが、伊丹さんに会った最後の機会だった。

帝国ホテルのパーティルームにアジアンな服はやはり似合わない、とわたしは思っていた。

最後まで、彼の服の趣味の変化に否定的。

 

それから7年。

事故だったのだと、わたしは思っている。

ふいに消えた伊丹さんの姿。

 

キャンティで会ったとき、原稿はどのように書いているの、と聞かれた。

ワープロです、と答えると、彼は、もったいない、という。

あなたの字がいいのに、と。

字詰めと行取りをレイアウトに合わせて打ってるんです、仕上がりがわかるし、編集者の手間も省けるから、とわたしは説明した。

 

伊丹さんにはそんなことはわかりきっていただろう、といまは思う。

 

これはつい数日前のこと。

高校生のとき、母にいわれたことを突然思い出した。

「自分の思ったままを口に出すと生意気に思われるから、年上の人の前では黙っていなさい」

文章はともかく、会話においてはこの母の「呪文」がずいぶん効いていたものだと気づいたのだ。

 

それでも、伊丹さんに向かっては、平気で口答えをした。

わたしがなにをいっても彼がうれしそうにニコニコ笑っていたからか。

人と人とは、思ったことを自由に話しあっていいんだよ。

ニコニコのなかからそういっているのを聞き取っていたからか。

 

いまになって、母の言葉を思い出したりするのは、モノンクル伊丹さんの差し金かも知れない。

これからまた生意気に戻ろうかしら。

伊丹さんがすぐそばで笑っているような気がする。