羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

東京の車窓から

電車の窓から、外を流れる景色を眺める。

本は読まず、眠ることもほとんどなくて、ずっと見ている。

中学に入ってからいままで。

のべで何百時間になるのだろうか。

千の桁に入っているかも知れない。

 

そこで脳裏に映しとった動画のなかの、幸せ部門ベストワン。

 

小さなビルの屋上。

小学校2年生くらいのおにいちゃんと、三つくらい下の妹が外の階段を上がってきた。

おにいちゃんは子犬を抱っこしている。

屋上の床に腰を下ろし、階段の最後の段に足をつける。

妹も並んで同じように。

子犬はおにいちゃんの膝の上でもくもく動く。

焦げ茶の雑種で目と鼻の周りはまっくろ。

妹は子犬に顔を近づけて撫でる。

おにいちゃんも妹と子犬の上にかぶさって撫でる。

二人の笑い声と子犬のくんくんいう声が聴こえてきそう。

 

電車は通りすぎていく。

わたしはずっと目で追って、二人と子犬の姿は横になり、小さくなっていく。

見えなくなって、でも、いまもまだそのときの気持ちのまま。

子犬の温かさを二人といっしょに感じている。