伝記
小学校の図書室の「伝記」の棚。
いちばん最初に読んだのは「キュリー夫人」だった。
当時はキュリー夫人にたいそう憧れていた。
独身時代の彼女、研究に没頭するあまりに寝食を忘れる。
心配したおねえさんが彼女の下宿にやってきて、きょうはなにを食べたの、と聞く。
「パンとバタを少し」。
この答えに、わたしはしびれた。
バターじゃないんだ、バタなんだ、それも少し。
ぽそぽそしたパンのかけらと、バターよりも堅くて色が濃そうなバタが少しナイフについているところを想像した。
わたしも将来なにかに没頭して、一日にパンとバタを少しだけ食べるような生活をしてみたい。
おかしなこどもだった。
伝記の棚をそれから一日一冊読みすすめた。
名前をよく知っているメジャーな人から、だんだんマイナーな人へ。
ついに最後の一冊になってしまった。
和井内貞行。
十和田湖で鱒の養殖を始めた人だった、たしか。
内助の功物語でもあった。
中学に入って、美術の教科書だったか現代国語の教科書だったかで、高村光太郎の作った十和田湖畔の「乙女の像」の写真を見たとき、いや、十和田湖といえば和井内貞行だろうと思ったのを覚えている。