ねこのここねこ
母の病気にまつわることを自分一人で負う重みにひしがれたこの夜。
星を見上げて帰ってきた。
坂の上に、ひときわ明るく輝く白い星。
瞬きの合間から、声が聞こえた。
「いきしゃーん、ほんよんでー」
アパートの廊下からわたしを呼ぶとしぼうの声だ。
としぼうは年上で、小学校に通っているが、まだ本が読めなかった。
まただ。
わたしは母に向かって苦笑を作り、絵本を持って部屋を出る。
としぼうのところへ。
ほんとうは呼ばれるのはうれしかった。
ねこのここねこ、かわいいこねこ。
としぼうは、絵本とわたしをかわるがわる見つめる。
まるで、絵本とわたしとの間に起こっている魔法を見逃すまいとするように。
それがわたしには誇らしかった。
そして、としぼうに優しくできることで心が満たされた。
4歳のわたしには、としぼうに応える力があった。
いま無力だと感じるのは、人を打ち負かそうとか、自分たちになにかをもたらそうと思うからではないのか。
一人では無理だと嘆くのも、それが闘いだと思っているからではないのか。
勝てなかったとしても、なにも残らなかったとしても、母が人生を全うすることを助けられればそれでいい。
誇らしいわたしに帰ろう。
坂にかかり、白い星が近くなった。
としぼうがまたわたしを呼ぶようだった。