立春満月
昨年の秋口。
認知症を患ったため、引き取って介護していた母が倒れ、救急搬送。
検査で、10万人にひとりといわれる脳の病気が見つかる。
翌月手術、50日間の入院。
11月の末に転院して現在までリハビリを続けている。
春には新しい居場所を求めなくてはならない。
他県にそのまま置いてある家はどうするか。
これから先は。
わたし自身は。
今夜の満月に向かって、家路をたどる。
なにからどのように取り組んでいけばいいのだろう。
坂道にかかって、冷えた空気を大きく吸い込む。
なんとかなるべさ。
え。
いま誰がいったの。
自分の声だった。
わたしがいったのだ。
なんとかなるべさ。
意図した覚えがないのに、言葉がこぼれていた。
耳はまるで初めて聞くような自分の声に驚いた。
マンションのオートロックの操作板の黒い部分に映ったわたしの顔。
目が笑っていた。
途方に暮れそうだったわたしを、少し未来のわたしがおどけて励ましていたのかも。
なんとかなるべさ。