羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

エレベーターホールで

昨年の10月、母が手術を受けて集中治療室にいたときのこと。

 

エレベーターホールで、おとうさんに連れられた3歳くらいの男の子に会った。

ポロシャツにダウンのベストを着て、ジーンズとスニーカーをはき、野球帽をかぶっていた。

まだ小さい体にそれらぜんぶがくちゅくちゅっと重なるようで、とてもかわいい。

 

彼がわたしを見上げて聞いた。

「なんでわらってるの」

わたしは、うーんとね、と間を置いてから

「かわいいから。元気がいいなと思って」

と答えた。

 

彼のほうは間を置かず、

「アイスかいにいくんだよ」

という。

 

「アイス。いいなー」

わたしにうらやましがられて彼は得意げ。

 

おとうさんがあわてて

「買わない買わない」。

 

おとうさんが割って入らなかったら、

「なんのアイス買うの」と続けて聞きたかった。

 

エレベーターがきたのでわたしが先を譲ると、おとうさんは、

「いえ、乗りません」と申し訳なさそうな笑顔。

 男の子に見送られてわたしはエレベーターに乗った。

 

エレベーターホールの横は周産期病棟だ。

察するに、彼はおにいちゃんになったばかりで、ママと赤ちゃんのお見舞いにきたのだけれど、退屈してしまってエレベーターホールで遊んでいたのかも知れない。

 

「なんでわらってるの」の次が「アイスかいにいくんだよ」という飛躍。

センスがいい。

元気がいいのは、アイスを買いにいくからだといいたかったのか、自分にとっていちばんいかしてることをいって、かっこいい感じを出したかったのか。

 

「かわいいから」じゃなくて「かっこいいから」といってあげるべきだったなあ、とちょっと後悔した。