青いとき
もう10年くらい前になるだろうか。
ゲランの香水のコンサルテーションを受けた。
自分の好みだけで選ぶのではなく、プロのアドバイスを聞いてみたかったからだ。
予約した日時、部屋では少し年上の女性が待っていた。
小柄で、すっきりした雰囲気の人だった。
机の上には、金色の同じ形と大きさのボトルが並んでいた。
ボトルの形や香水の色で選択が左右されないように、同じボトルで揃えているのだとか。
香水の使用歴や好きな香りのタイプ、普段の生活など、簡単な質疑応答のあと、いよいよ選考に入る。
トーナメント方式だった。
ムエットという細い紙に吹きつけた香りを二つ嗅ぐ。
好きなほうを残して、別の香りと比べる。
別のほうが好きだったら、それを残して、また別の香りと比べる。
それを4回くらいやっていくと、いちばん好きな香りが残る。
香りにはいくつかの傾向があるので、二つずつ比べれば、あみだくじを引くように、ある道筋で自分のベストにたどり着くようだった。
わたしのそれは「ジッキー」という、ハーブ系の爽やかな香りだった。
ムエットをくんくん嗅いでもいやなところが一つもない。
気分がよくなります、とコンサルタントにいうと、彼女はにこやかに応じながら、もう1枚のムエットを差し出した。
「ジッキーがお好きなら、こちらもお気に召すのではないでしょうか」
それは、まるで花いっぱいの庭に立ったような、華やかでノスタルジックな香りだった。
JICKYとはまったく違う。
違うのに、これも好きだ、と心から思った。
コンサルタントは続けた。
「ジッキーがこれまでのお客様なら、このルール・ブルーはこれからのお客様らしい香りになるのではないでしょうか」
殺し文句。
わたしは二もなく「ルール・ブルー」を選んだ。
あとで調べると意味は「すべてが青に包まれる時間」。
日が暮れて、まだ星は出ていない。
わたしにとっても一日のうちでいちばん好きな時間帯だ。
靴の先まで青い夕暮れが落ちてくるそのとき。
「ルール・ブルー」を1本使いきったあと、ゲランのオード・パルファンを3種類ほど使った。
そして一昨年、また「ルール・ブルー」に戻る。
わたしはいくつかの香水を持って使いわけることはせず、一つを毎日つける。
普段からつけていることで、よそいきのときにもさりげなくいられるように思うから。
午前中につけて、夕方にふっと上ってくる香りが優しい。
まさしく「ルール・ブルー」の「ルール・ブルー」。