羽生千夜一夜 

羽生さくる 連続ブログエッセイ

忍冬諺唐草②  能ある鷹の爪

母系の遺伝子について話を続けよう。 わたしは息子の後に娘を生んだ。 当時3歳半だった息子が彼女につけた名前は、なんとことわざ好きの曽祖母と同じものだった。 わたしはそのときまだ息子にひいおばあちゃんの話をしたことはなかった。 好きなアニメーショ…

忍冬諺唐草① 母系の遺伝子

母の母という人は、なにかにつけてことわざで娘たちを諭していたらしい。 長女の母は利発なこどもで、当然のごとくことわざをたくさん覚えて育った。 その上に10代から粋筋の大人と接することが多かったり、自らもその世界にしばらく身を置いたりしたために…

前後左右上下

ある男性が、外国人のともだちに、きみの国の言葉では「前後、左右、上下」はどういうんだい、と聞いたときのお話。 ともだちは「マエウシロヒダリミギウエシタッ」とでもいうように、それらの言葉をひと並べに早口で教えてくれたのだとか。 いちおう身振り…

ゆるすこと

母とホームで会ってくると、しばらく落ち込んでしまう。 クリスマスから新年。 内側で沈んでいた。 前回書いたように、無力ということもある。 4年間の介護のなかでは、認知症状への対応がやっと。 ほんとうの原因を突き止めることができなかった。 悔しい思…

クリスマスに母を見舞って

母が入居した特別養護老人ホームは多摩の西部にある。 最寄りのJRの駅からはバス。 道沿いに、同種の施設がいくつも並ぶ。 広い敷地を確保できる地域だったのだろうか。 停留所から少し戻って信号を渡り、施設への道を曲がるとすぐに橋がかかっている。 欄干…

knitting fantasy

編み物の醍醐味は、自分の手元で次元が変わることにある。 毛糸は一次元。 正しくは、毛糸も立体だし、この世界にあるものだから三次元なのだけれど、ここは比喩として一次元。 それを自分の手で針に掛けて、からめたり引き抜いたりする作業を繰り返すことで…

冬至に

冬至のけさ。 朝日を見ようと、きわめて珍しく早起きしてみた。 部屋着にセーターとコートを着て、誰にも会わないことを願って素顔に帽子をかぶって。 しかし、早起きしたことがないから知らなかった。 アパートを出たところはガレージが左右にあって、空が…

いまがいちばん

同級生が集まると「加齢なる嘆き」が始まるようになった。 中学高校続いた女子校なので、何百回集まっても女性ばかり。 さっぱりしたものなのだけれど、それだけに、なのか、嘆きはかなりマジである。 知力体力の衰え、体型変化、肌の悩み、モチベーションの…

母のケース

母が認知症状を呈してから、1年半は通って援助をし、その後の2年弱は同居して介護した。 病状の変化による入院という形で離れてから1年2か月。 この春からは老健施設に世話になっている。 経過をすべて書ききることはここではできないが、発症から4年半過ぎ…

毛糸の国のアリス

編み物の季節がやってきた。毛糸の手触りに心が安らぐ。母に初めてかぎ針編みを教わったのは、小学校5年生のときだった。「不思議の国のアリス」のアリスを編みぐるみで作った。最初からずいぶん難しい作品に挑んだものだ。肌色の毛糸で顔とボディを編み、青…

ほんとうの…

歌詞でも詩でもコピーでも雑誌の特集タイトルでも、散文だったとしても、そこに「ほんとうの」という言葉が見えると、わたしは白けてしまう。「ほんとうの」それ以外は「うその」なの、と反抗的な態度を取りたくなるのだ。「ほんとうの優しさ」「ほんとうの…

添削の秘密

友人に挨拶の文章を見て欲しいという依頼を受けた。光栄なことと引き受ける。仕事として添削をするときにもそうなのだけれど、こう書いてみたらよりわかりやすいのではないだろうかというアイデアの出処が自分でも不思議だ。ただ、それがよいと思う、と言葉…

微笑みの色

大学生のときに参加していたミニコミ誌に書いたエッセイの一つに、口紅の話があった。 デパートの化粧品売り場へ、新色の口紅を見にいった。 ウインドウに近づくと、自分の顔が映った。 唇を微笑みの形にして、そこを離れた。 昔のわたしは慎みふかかったも…

007ダニエル・クレイグはなぜ憎めないのか

もともと好きだから、憎む必要はないのだけれど、現ジェームズ・ボンド役ダニエル・クレイグはいつ見ても憎めない顔だと思う。 理由はうすうすわかっていた。 意識下ではわかっていたけれど、自我が認めたがらなかった。 しかし、先日新作「スペクター」を鑑…

職人さんはゆっくり歩く 2 大工さんのまなざし

「息子のまなざし」というフランス・スイス映画の主人公は大工さんで、目で見ただけでそこの長さをぴったり計るという技能を持っている。 目分量というのは調味料の場合だと「適当」のいいかえだったりするが、こんな大工さんなら目分量がジャストなのだから…

職人さんはゆっくり歩く 1

お昼前後に街に出ていると、職人さんが二三人連れ立って、お昼御飯を食べにいくかお店から出てきたかしたところに遭遇する。 「ワークマン」スタイルの彼らは、のんびりした表情で、きまってゆっくり、ゆったりと歩いている。 その様子を見ると、わたしはわ…

日本のどこかに

シルバーウィークは明日まで。 老人保健施設で暮らしている母の状態は落ち着いているので、泊まりがけでどこかへいっても構わないのだが、なんとなく、自宅を離れられずにいる。 鎖国女といわれながらも、パスポートは一昨年取得済みだから、海外だっていけ…

Daisy

毎日着けている指輪がある。 デイジーを象った銀製で花芯はゴールド、茎を指に巻きつけたようになっている。 花がかわいらしかったのもさることながら、茎が自然に波うっているところが気に入った。 デイジーは花占いの花。 愛してる、愛してない、愛してる.…

小ゑんちゃん

昨夜思いがけず、昭和56年の立川談志師匠のラジオ放送の音源を聴いた。 素顔の師匠によく会っていた頃の声だったから、聴くなり涙がぶわっと出た。 高座は芸の域だが、ラジオはプライベートの会話と変わらない。 いつも心のなかでイメージしている師匠の声と…

座高問題 part 2

今週の初め、映画を観にいったときのことだ。 プレミアム会員というのをもう何年も続けている立川の映画館。 インターネットで予約した座席についたら、前のおにいさんの座高が高く、かつ毛量が多く、スクリーンの中央下方にスタンダードプードルの頭部のよ…

前世

夢夢した乙女話と思って読んで欲しいのだけど。 前世なんてものを考えていたことがある。 修道士や修道院になぜだかとても惹かれていたからだ。 最初は、息子がおなかにいたとき。 カトリック系の病院の産科に検診に通っていた。 すでに秋も深かったと思う。…

ゼリーのつくりかた

抽象的なことをよく考えている。 言葉を遣う上で、もっとも面白いのが、抽象的なことをどこまで伝えられるかというチャレンジだ。 自分のなかで、その抽象的なことが、確かに形になっていることが大前提だ。 たとえていうと、ゼリーを作っているときのような…

日比谷三昧

この一月で、日比谷に6回通った。 まずは娘と東京宝塚劇場へ。 その二日後、日比谷シャンテにあるドレス店に娘の成人式のドレスをわたし一人で買いにいく(娘本人は観劇した日に試着済み)。 12日後、友人とシャンテ近くの喫茶店で会う。 その週末、思いがけ…

コワモテ

「こわもて」を漢字で書くと「強面」だとわたしが知ったのはもうだいぶ大人になってからだった。 それまでは「怖くてモテる」の略だと思っていたのだ、うっすらと。 うっすらと、というのは、そんな意味の言葉だろうという見当で深く考えなかったということ…

デュオニソスに愛されて

体力不足を嘆いてからしばらく休んで恐縮。 強制終了の夜あり、添削指導の夜あり、ミュージカル観劇の夜あり。 ミュージカルはブローウェイの「ピピン」。 招待券を思いがけずいただいて娘と観にいったのだった。 その6日前には宝塚の公演も、いけなくなった…

体力測定

一度体感してみたいと思うのは、他人の体力である。 わたしは、自分ではさんざん、体力がない、体力がない、といいいふらしているけれど、実際のところはどの程度のなさなのか。 もしかしたら、ぜんぜん普通、といわれそうな、人並みのものを持っているのか…

ステージフライト

小学校3年生の時から万年学級委員で、教室の前に出て話すことも、体育館の壇上から話すことも、なんともなく育ってきたはずなのだけれど。大人になるにつれ、人前で話すことが苦手になってきた。文章を書く仕事に就いても、まれにそんな機会はある。たいてい…

鶉の卵

友人と会ってこどもたちの話をしていたとき、父方の祖父母、母方の祖父母、四人ともと触れあったことがあるなら、それは、肉親の縁によく恵まれたということではないか、と気づいた。わたしのこどもたちは四人とも知っている。大学生の現在も、祖母二人は存…

gigi

父が60代後半の頃の話。同じマンションに住む、喫茶店の不良マスターと親しくつきあっていた。マスターは、二軒の店を軌道に乗せ、三軒めを作りたいという。ついてはマシンで淹れるコーヒーの専門店はどうだろう、小さいカウンターだけの店で、おとうさん(…

母娘熱唱

娘が高校に入ってから、家のすぐ隣にあるカラオケ店に二人でいくようになった。 定期試験明けや、長い休みの暇すぎるときなど。 なんといっても隣だから、雨が降ってもほとんど傘が要らない。 平日の日中だと、カフェにいくより安いくらいだった。 そこにWii…